第35回漢字小委員会、議論の焦点は許容字体の示し方
本日、午前10時より第35回漢字小委員会が文科省東館庁舎内の会議室で開催されました。この日の議論は資料2「意見募集で寄せられた字体にかかわる意見の一覧」、及び資料3「「新常用漢字表(仮称)」の名称について」に沿っておこなわれましたが、2時間のうちほとんどは前者に対するもので費やされることになりました。
なお、いつものように配布資料は小熊さんのページから入手してください。
まず氏原主任国語調査官から資料2(上述)と参考資料1「追加字種191字に含まれる該当字体の出現頻度一覧」の資料説明。いずれも読めば分かる程度のものなので、ここでは省略。どの資料も圧倒的にいわゆる康煕字典体の方が頻度が上であることを示しているとのこと。
なお、一点だけ資料に説明のないものを書くと、参考資料1にある「〈付〉追加字種における「字体別(同一字種)」出現頻度例」末尾の「参考」は、常用漢字表制定(1981年)にあたって追加された漢字のうち、しんにょうをもつ「逝、遮」の2字の出現頻度の移り変わりです。ここから制定から16年経った1997年でも二点しんにょうは多く使われているが、2007年にはほぼ一点の常用型に収束していることが分かります。つまり時間はかかっても国語施策の漢字表で示された字体に収束することを示しているとのこと。
配布資料説明の後、協議に入りました。主な発言は以下の通り。
- 金武委員:
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- 一般の方からの意見で一つ取り上げてご紹介したい。この方は40歳、会社員の方。試案で挙げた理由の①、字体の安定性への反論として印刷標準字体はWindows Vistaでないと出てこず、Windows XPの環境も残っている中で実態としては並立していると考えるべきで、簡単に安定しているとは言えない。なお、先日の懇談会*3で話された富士通の方も*4、将来的にどちらか一方に完全に統一されることはないだろうとおっしゃっていた。木に竹を接ぐような印刷標準字体は、国語施策の一貫性の上からもおかしいと思う。
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- 手書きとしては一点しんにょうが標準であり、印刷標準字体が掲出されれば教科書で二点でゆする形で示される可能性もある。また子供の名前として追加字種が一点で申請された場合、戸籍係は二点に訂正することになるのか。
(※このあたりで、林副主査が「やれやれ」という表情で椅子にもたれかかる)
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- この方の意見はまったくその通りで、なんらかの妥協・修整をお考えいただきたいと思う。表外漢字字体表はあくまでも印刷文字のためのもの。しかし常用漢字表は手書きも考えなければならない。
- 内田委員:ただ今の金武委員の発言に賛成する。3つの理由から字体は統一すべきと考える。1つは数が総てではないと言っても、この資料2で61名、約6割が統一して欲しいと言っていること。2つめは「目安」というのはシンプルであるべきという考えから。そして3つめとして、試案 (4) ページで「手書き文化を保持すべき」とあり、この点からも統一すべきだ。
- 前田主査:手書き文化ということだが、現在は情報化時代という新しい文化が生まれつつあるわけだが、その意味ではどうか?
(沈黙)
- 前田主査:いや、お答えがないということならそれでもよいのだが……。
- 金武委員:携帯電話に入っている字形は一点しんにゅうの常用型だ。むしろ携帯世代は二点になると嫌ではないか。
- 阿辻委員:私は大学で学生を教えているが、大学生は携帯電話を使うが課題などを出すときはパソコンを使う。今の金武委員の指摘は日本全体を考えるときには参考にはならないのではないか。
- 出久根委員:一点と二点の問題だが、漢字に関しては先人の知恵であり、これを簡単に二点に統一してよいのか疑問に感じる。本来は一点と二点があったわけで、これを二点に統一するのは将来に禍根を残すのではないか。
- 納屋委員:試案をまとめる以前にまったく同じ議論があった。情報化時代の変化の激しさを考えると混乱は図りがたい。試案での字体の考え方は、なるほどと思って聞いた。しんにょうや食偏を追加字種から全部外すなら分かるが、入れるなら二点で問題はない。二点で情報機器は問題なく対応しており、そちらの方がこれから普及していくのだから問題はないだろう。
- 金武委員:
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- 国語施策が定まれば文字コード規格がそれに従うのは当然という声があるが、そこまでは求めない。多額の費用がかかるのはよく分かるので、過去に印刷標準字体に従った環境の変更を求めるものではないという一文を加えてはどうか。本表の備考欄に二点しんにょうをいれるという妥協案だ。
- 前田主査:表外漢字字体表の際には自分も委員だった。その時には色々と申し訳ないことはあったが、それは長くなるので今は申し上げない。その際に二つの問題があったと記憶する。一つは新聞各社によって字体が違うと問題。もう一つはJISとUnicodeで字体が違うという問題だった。
- 金武委員:WindowsVistaでは二点だが、実際はこれに統一されているわけではなく旧来のものと併用している。Windows XPでは常用型(一点)なので問題はない。自分は情報機器では複数の字体が打ち出せるのが望ましいと考えている。新聞が対応が分かれていたのは事実だは、それはあくまで常用漢字以外のものについてだ。表内字だけ(略字体にする)、一水だけ(同)、全部(同)と分かれていた。たとえば朝日新聞は全部を略字体にしていた。当時、協会としては三部首については許容をみとめるべきという意見で、結局それは受け入れられた。
- 前田主査:その辺のところは意見の違いが出そうだが、もう一つの情報機器の方はどうか。この前の懇談会でも、******という声があったが?(すいません、このあたりノートが追いついていません。「一点しんにょうに統一すれば、情報機器では採用されない」というように聞こえましたが)
- 金武委員:この前の懇談会ではお二方から話があったわけだが、大変な問題があったと考える。お一人は客観的に話をされたが、もうお一人は主観的というか恣意的だった*9。******であれば国語施策の信頼性を損なうということだったが、むしろ統一しない方が信頼性を損なうと考える(ここもノートが追いついていない。「一点しんにょうに統一すれば」ということだったと思います)。また、JISを変えないようにとのことだったが、変えなくてよいというのが協会の意見だ。
- 林副主査:委員会が開かれる直前には論点が絞れるだろうと思っていたが、今日聞くと若干逆戻りというか、論点がぼやけてきているように思える。内田委員は字体を統一せよとおっしゃるが、それをすると最初に戻らなければならない。それはいかがなものか。そもそのこの表はどういう性格のものなのかを考えるべき。字体を統一せざるを得ないなら、それをどういう形で表に表現するのか、それを考えるべきではないか(つまり具体的な代案を出せということ)。子供たちに混乱が生じるといっても、発達段階によって違うはず。教育という等質的なものから混乱すると言うのは、今審議している表の性格からふさわしくないのではないか。成熟した結論をだすべきだろう。
- 納屋委員:今日話されていることは前期でも取り上げてきた。高校の教育の現場では常用漢字だけを授業の対象にしているわけではない。たとえば「灌漑」の「漑」は表外字だが*10、それもきちんと説明して授業をしている。辞書も同じで、ちゃんとコード表もあわせて載せて国語施策と橋渡しをしてくれている。常用漢字表が内閣告示だからということがあるのかもしれないが、新しい常用漢字表も内閣告示になるはずだ。
- 高木委員:これまでも常用漢字表は一般社会の文字生活を対象とするということは理解してきたが、その上で学校教育から言うと、これが内閣告示になると教育に影響があることは事実で、どこかでそれは考えなければならないだろう。「灌漑」の「漑」は表外字ということだが、それはルビがついていたはず。「箸」に点がつかなければならないとなれば、学校教育にむずかしさと混乱が出るだろう。
- 金武委員:
- 阿辻委員:国語施策の流れに逆行すると言うことだが、機械で日本語を書けるようになったということは革命的なことだと考える。1983年のJIS改正で「鴎、涜」といった字体に変更されたが、この字を画面で初めて来たときは、これはなんだと自分は思った。自分だけでなくこれをめぐってごうごうたる非難がおきたと理解している。83JISの拡張新字体が極限までいったことへの非難だった。しかし、83JISも字体をやさしくする方向だったのではないか。表外漢字字体表は83JISでおきたそうした混乱に対応するものだった。今回の常用漢字表の改定は時代の変革、情報機器の普及をうけてのものだ。
- 松村委員:自分はずっと常用漢字表に入れる際には常用型にすべきだと思ってきたが、実際にどうすべきか考えがまとまらず、やむを得ないと思ってきた。パブリックコメントの意見を何回も読み返した。金武委員が紹介した意見も何回も読み返した。字体が混在することについて国民の理解が得られる状況にないのではないかと思う。このままでは学校も混乱するだろう。表に示す字体を逆にすることはできないのか(つまり一点しんにょうを示し、二点を許容するということ)。漢字を手書きすることの重要性をこれだけ説明するなら、両方を認めるべきではないか。
- 邑上委員:字体は統一していただきたい。国民のこれだけの懸念に対応すべきではないか。
(ここまでで、時間は11時50分)
- 前田主査:時間がだいぶ経過した。意見はよくうかがったので資料2についてはここまでとして、次の議題にうつりたい。まず資料3について資料の説明を。
- 氏原主任国語調査官:これは常用漢字表を審議した際の、漢字表の名称について第13期国語審議会で話題になったもの。議論するにあたって、何もないよりはこういうものが叩き台として必要と思い用意した。
- 笹原委員:この資料を見ると「標準」という言葉がよく出てくるようだが、常用漢字表の「目安」という性格から言ってもこれは検討が必要だろう。
- 前田主査:他にどうか。では時間がないので、これは読んでおいて意見をいただこうと思う。
- 林副主査:名称は大事。性格を表すものだし、国民もこれを使って呼ぶことになる。意見を国語課に寄せてもらうことにしてはいかがか。
- 前田主査:よい案だ。ぜひ寄せてもらいたい。本日たくさんの意見をいただいた。今日の意見を取り入れて新しい案を作ることができるのか、自信はあまりないが頑張ろうと思う。次回その案を示すので、それを見てまた意見をいただきたい。本日はここまでとしたい。
- 氏原主任国語調査官:次回はまだ調整していないが9月中旬を予定している。
以上、かなり大急ぎでまとめたので遺漏があろうかと思います。これは速報を目的としたまとめであり、正確には後日公開されはずの正式な議事録をご参照ください。
今回、字体の統一/不統一についてかなり激しい議論があったわけですが、その分析については後ほど改めて。
*1:表外漢字字体表(2000年答申)で示された字体。主にいわゆる康煕字典体。
*2:『試案』「4 追加字種の字体について」p.(11)参照。
*4:のちほど事務局に確認したところ、JSC2委員長でもある関口正裕氏のよし。
*5:おそらくマッピングを新字体の方に変更するという意味か。ただし、このコメンターがそうした非互換変更をした場合の逸失利益について言及しているかは不明。
*6:聞き間違いでなければ、この発言は内田委員が第28回漢字小委員会でした発言と完全に矛盾します。その時の内田委員の発言は次の通り。〈先ほど林副主査が非常に大事な指摘をなさいました。文字には,「見る」と,それから「書く」という二つの面があるという御指摘です。そして,もう一つ,やっぱり「打つ」という面が入ってくるわけで,「見る」に関しては,やはり複雑な方がパターン認識しやすいんですね。〉(http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/bunkasingi/kanji_28/pdf/gijiroku.pdf)
*7:先にマイクロソフトはWindows 7でも印刷標準字体に対応したフォントを実装することを発表しており、内田委員はこの事実を見落としているようです。
*9:事務局に確認したところ、この方はアドビシズテムズの山本太郎氏のこと。
*10:「灌漑」は両方とも表外字です。
*11:遥/遙」は人名用漢字なので、どの字を指すのかぼくには分かりません。ぼくが取り違えただけで、なにか別のことを言われたのかもしれません。