本日の漢字小委員会での議論を考える

さてさて、新聞社・通信社の記事もある程度出揃ったようです。

それにしても、同じ会議を見ていながら、こうも視点が違うとは面白いですね。


それはさておき、まず会議終了後に氏原主任国語調査官に話を聞いたので、その報告から。ここでは官僚を数人の記者が囲んでいる光景をご想像ください。つまりぼくだけでなく数人の記者がおり、思い思いに質問や感想などを言い合っています。まあ録音しているわけではないので、細部まで正確なわけではありませんが、大意は以下のような感じ。

  • 小形:今日は字体についてずいぶん反対意見が多く出たが。
  • 氏原:いや、賛成意見だって多かったと思いますよ。
  • 小形:漢字ワーキンググループのメンバーを原案作成者と考えれば、それ以外で賛成意見を言ったのは納屋委員だけ。それにいつも原案に賛成してくれていた内田委員が、今日急に反対派に転じ、さらに昨年まで消極的な反対に留まっていた松村委員のような人まではっきりと反対を口にした。
  • 氏原:内田先生の発言は自分もちょっと驚いた。
  • 小形:初中局の逆襲ということでしょうか?(一瞬、周囲が凍り付く)
  • 氏原:いや、初中局はちゃんと理解してくれていると思いますよ。
  • 記者:それより新聞協会でしょう。(周囲で大きく同意する他の記者達)
  • 氏原:ああ、そうそう、逆にお聞きしたいんだけど、新聞協会ってそんなに一枚岩なの? 漏れ聞くところによれば字体を統一しちゃえば、逆に困る社だってあるっていう話じゃない。

(ううん、そうみたいですね、とかなんとか曖昧な反応。少なくとも否定はなし。幸か不幸か最も「困る」はずの朝日新聞記者氏はこの日は欠席)

  • 氏原:だから、そこを逆に聞きたいなあって。
  • 小形:今日みたいに反対意見が多いと、修正なしというわけにはいかないと思いますが。
  • 氏原:そう、なにも修正しなければ批判は出るだろうね。今日の議論は字体の許容で挙げられていたしんにょうと食偏について、一点の方を表に掲げるよう、逆にできないかということですよね。でも、そうなるとJISが対応に困るんじゃないかな。
  • 小形:たしかにどんな注意書きがあっても、JISは本表に掲げられている方を例示字体にしたいと言うと思います。でも、本当にそんな変更をすれば大変な混乱になる。
  • 氏原:まあ、そこらへんをなんとかご理解いただくよう工夫するということでしょうね。
  • 小形:ちょっと待ってください、字体の許容だけが問題だったのですか? たとえば高木委員は「箸」や「賭」の一点の有無も問題にされていましたよね。
  • 氏原:いや、あの発言は問題点を指摘されたのだと思いますよ。
  • 記者:ということは、落とし所は字体の許容の表現方法だと?
  • 氏原:そうだと思います。

他にもやり取りはありましたが、字体についてはおおむね以上のような感じでした。

おそらく前エントリでの今日の議論を読んで大方の人は、ここで議論されたのは「字体の不統一」、つまり字体が並立している約30字だと思うのではないでしょうか。しかし、以上の氏原主任国語調査官とのやり取りから分かることは、文化庁はそうは考えていないということです。

字体の許容で挙げられているのは、食偏の「餌、餅」、しんにょうの「遜、遡、謎」の合計5字だけです。問題はこれだけ、逆に言えば追加191字のうち、残り186字は字体に関してはすでに解決ずみで、この5字の表現方法だけが9月に示される第二次試案の課題である、事務局である文化庁はそう考えているということになります。

別に文化庁の肩を持つわけではありませんが、ぼくはなるほどと思いました。林副主査の言っていることに注目してください。

内田委員は字体を統一せよとおっしゃるが、それをすると最初に戻らなければならない。それはいかがなものか。(中略)字体を統一せざるを得ないなら、それをどういう形で表に表現するのか、それを考えるべきではないか。

よしんば試案を変更して字体を統一するとして、ではそれをどう表現するのか。この日の議論では、ただ反対を言うだけで有効と思える代案を示した委員が何人いたでしょう。ここが大事なポイントです。つまり代案を示さない反対意見は、検討するにも検討できないということです。

しかし、その中にあって唯一具体的に代案を出したのが金武委員でした。この方の発言を読み直すと、終始字体の許容5字を問題にしていたことは明らかです。おそらく、金武委員はかなり周到にシミュレーションを重ね、自分の主張を漢字ワーキンググループが呑めるであろう範囲に絞り込み、字体の許容5字を持ち出したと考えられます。

一人で長々と発言を続け、主査に発言を制止されるのも承知の上、それだけ自分の意思が堅いことをアピールできます。そこまで強硬な態度をとれば、内心は不満だった他の委員も同調しはじめる。真っ先にあの内田委員が同調したことが計算の範囲内だったかどうか、そこまでは分かりませんが、金武委員にとって今日の展開は我が意を得たりというものだったように思います。

なるほど、審議会における少数派の戦い方の一例、しかと拝見させていただきました。ついでに日本新聞協会が他の委員に事前工作をしたのかしないのか、知りたくなりますが、まあ今は無理でしょう。

ただし、氏原主任国語調査官も指摘したとおり、金武案はJIS文字コードに混乱をもたらします。そのままではとうてい呑めない。では9月に示される第二次原案はどんなものになるのか。これはじつに目が離せない展開だと思いませんか?