1975年以降に出された15冊の組版規則書における行頭禁則の違い(追記あり)

行頭禁則の範囲には、規則ごとの考え方の違いがよく現れる。手元にある1975年以降に出された15冊の組版規則書で、どのように行頭禁則の範囲を規定しているのか、すこし詳しく調べてみた。

行頭禁則の違いを表にしてみよう

以下に掲げるのは、「日本語組版処理の要件(日本語版)」(以下、要件)の文字クラスを基準として、1975年以降に出された組版規則書にある行頭禁則の対象と比較した表である。
「要件」を基準とした理由は、参照が比較的容易であり、また禁則の対象が最も多いからだ(見て分かるようにJIS X 4051より多い)。「要件」が定める文字クラスの内容については項目名の各カラムを、そして各書の規定内容についてはページ数の各カラムをクリックすれば確認いただける。

書名 刊年 編者・著者/版元 掲載ページ 句点類読点類 終り括弧類 ハイフン類 区切り約物 中点類 繰り返し記号 長音記号 小書きの仮名
①写研組みNOW 1975年 写植ルール委員会/写研 p.24 × ×*1 ×*2 ×*3 × × ×△ ×△*4
写真植字の15章 (1981年) 1985年増補版 大塚享/印刷学会出版部 p.108 × × ×*2 ×*3 × ×*5
③横組み組版の原則 1989年改訂版 長谷川文明/ニュープリンティング p.5 ×*6 ×*7 n/a ×*3 ×*8 n/a *9
電算写植における縦組の組方原則 1991年 日本エディタースクール出版教育研究所組方を考える会/同所 pp.12-15 ×*10 ×*11 ×*2 ×*3 *12 ×△○*13 × ×○*14
電算植字 本づくり入門 (エディター講座) 1995年 野村保恵/日本エディタースクール出版部 pp.116-117 × ×*15 n/a ×*3 × *16 ×△*17
組版原論―タイポグラフィと活字・写植・DTP 1996年 府川充男太田出版 p.270 × ×*18 n/a ×*3 × × × ×*19
便覧 文字組の基準 1999年 藤野薫(代表編者)/日本印刷技術協会 p.36 × × ×*2 ×*3 × × ×△ ×△*20
基本日本語文字組版 1999年 逆井克己/日本印刷新聞社 pp.60-61 × ×*21 n/a ×*3 ×△*22 ×△*23 ×△ ×△*24
明解クリエイターのための印刷ガイドブック DTP実践編 1999年 鈴木一誌・前田年昭・向井裕一/玄光社 p.24 ×*10 × n/a ×*3 ×*8 ×*25 ×△ ×△*24
ページネーション・マニュアル Ver.0006QX4.1 2000年 鈴木一誌/同氏 p.3 × ×*11 n/a ×*3 ×*8 ×*26 × ×*27
文字の組方ルールブック―タテ組編 2001年 日本エディタースクール/同社 pp.7-9 ×*10 ×*28 n/a ×*3 ×*8 *29 *30
JIS X 4051:2004日本語文書の組版方法 2004年 電子文書処理システム標準化調査研究委員会/日本規格協会 p.3, p.46 × ×*15 × ×*3 × ×△*31 ×△ ×△*32
日本語組版の考え方 2008年 向井裕一/誠文堂新光社 pp.50-51 ×*33 × × × × ×△*34 ×△*34 ×△*34
日本語組版処理の要件(日本語版) 2009年 Japanese Layout Taskforce 3.1.7 行頭禁則 × × × × × × ×△ ×△
ページネーションのための基本マニュアル 2010年 鈴木一誌/同氏 p.23 × ×*11 n/a ×*3 ×*8 ×*26 × ×*27
凡例

×……行頭に組むことは禁止(禁則する)
○……行頭に組む(禁則しない)
△……行頭に組んでもよい(許容)
n/a……言及していない

表から読み取れること

行長禁則文字の分類とその集計

行頭禁則の対象となる文字は、以下の3つに分けることができるだろう。

    • ⅰ……必ず禁則にしなければならない文字(ⓐ句点類・読点類、ⓑ終り括弧類=左端のカラム)
    • ⅱ……多くの組版規則書が「許容」とする文字(ⓖ長音記号、ⓗ小書きの仮名=右端のカラム)
    • ⅲ……上記以外(ⓒハイフン類、ⓓ区切り約物、ⓔ中点類、ⓕ繰り返し記号=中程のカラム)

おそらくⅰ を行頭で禁則とすることに異議を唱える人はいないだろう。これらがワープロソフトに実装された最初の日本語組版処理の一つであったことからも分かるように、多くの人はこれらが行頭禁則になっていない組版に我慢ができない。そして当然のことながら、上記の表で ⅰ に「○」をつけるような組版規則書は一冊もない。
他方で、ⅱ にそのような明確さはない。自分の読んでいる本がこれらを行頭禁則にしているかどうかを意識する人は、きわめて少ないはずだ(じつは私自身も意識しない)。ところが多くの組版規則書は、これについてⅰと同じ処理を要求しているのである。
そもそもⅱ をめぐっては、以下の4種に分類できる。

    • 本則で禁止した上で許容……①写研組みNOW、⑤電算写植 本づくり入門、⑦便覧文字組みの基準、⑧基本日本語文字組版、⑨明解クリエーターのための印刷ガイドブック、⑫JIS X 4051:2004 日本語文書の組版方法、⑬日本語組版の考え方、⑭日本語組版処理の要件(日本語版)
    • 禁止……⑥組版原論、⑩ページネーション・マニュアル Ver.0006QX4.1、⑮ページネーションのための基本マニュアル
    • 禁止しない……②写真植字の15章、③横組み組版の原則、⑪文字の組方ルールブックタテ組編
    • どちらでもよい(並列)……④電算写植における縦組の組方原則

これを集計すると、以下のようになる。

本則で禁止した上で許容 8冊
禁止 3冊
禁止しない 3冊
どちらでもよい(並列) 1冊

上記のうち〈本則で禁止した上で許容〉は一見すると「許容」という文言に目が行きがちだが、じつのところは個々の記述を読めば分かるように「本来は本則に従ってほしいが、仕方なく許容する」といった体のものだ。つまり、多くの組版規則書(全体のおよそ7割)は上記 ⅱ については行頭にくることを明確に禁止しているか、できれば禁止したいと考えているのである。

小書きの仮名・長音記号を行頭禁則とすることの意味

しかし電子書籍の普及期を前にして、万人が行頭禁則とすることを当然と思う ⅰ と同様に、 ⅱ までを禁則とすることに科学的な根拠、費用対効果があるのか、考えるべき時がきているのではないか。電子書籍におけるリフローとは、行長が可変となる組版に他ならないのだから。
また、行頭禁則とする文字が多い場合の影響は、行長によって異なることに着目している規則書が、わずかに⑤『電算写植 本づくり入門』と⑬『日本語組版の考え方』の2冊〈※以下2012年3月13日11時10分追加〉と『電算写植における縦組の組方原則』の3冊に留まることにも驚く。
実際のところ行長が40文字程度あれば多少禁則とする文字が多くても痛痒は感じないだろうが、これが雑誌のキャプションのように行長が20字以下の場合、小書きの仮名や長音記号を禁則に加えた途端に字間の割れる箇所が頻発するだろう。
つまり、どうしてもこれらを禁則にふくめたいと言うならば、ある程度以上行長が確保できる場合に限った方がよい。ところが残念なことに、現状では行長との関係にまで言及している組版規則は限られている(ただしの記述はまことに当を得ている。〈※以下2012年3月13日11時10分追加〉また④は他書のように注や補足として書くのではなく、規則の前提条件を説明する章で正面から位置づけている点で一頭地を抜いている)。そしてこれを反映するかのように、世間にはどんな行長であっても一律に小書きの仮名や長音記号を行頭禁則にする組版が目につくように感じるのである。

それ以外の文字クラスの行頭禁則について

ここで上記以外の文字クラス、つまりⅲに分類したⓒハイフン類、ⓓ区切り約物、ⓔ中点類、ⓕ繰り返し記号に目を向けると、そこには組版規則書それぞれの違いが広がっている。
一般に ⅱ を行頭禁則するものを「強い禁則」、しないものを「弱い禁則」と分ける言い方がある。けれども、ⅲ のそれぞれの規定のされかたを見ると、拗促音と長音記号だけで禁則処理を二分する考え方が、いかにも単純で意に満たないものに思えてくるのである。
もちろん、ⓓ区切り約物のように、各書ほとんど足並みを揃えているものもある。しかしⓕ繰り返し記号についての意見の分かれ方、あるいはⓒハイフン類のように、完全に無視したり「-」だけを禁則にしたりという分かれ方を見ると(なぜか「〜」に注意を払わない規則書が多いこと!)、これらの文字の扱いは多種多様なのだと考えるほかはない。
つまり「強い禁則」「弱い禁則」という言い方は、小書きの仮名と長音記号だけを問題にする限りは有効な言い方だが、前述ⓒ〜ⓕといった文字もふくめた場合にはまるで役に立たなくなる。仮に小書きの仮名と長音記号に限定したところで、注で分かるように小書きの仮名の範囲は各書微妙に異なっている。事前の定義なしには使ってはいけない用語だろう。この点、以前のエントリで不用意にこの用語を連発した自分の未熟さを恥じ入るばかりである。

終りに

上記に比較した15冊のうち、歴史的に重要なのは、手動写植の①『写研組みNOW』と、②『写真植字の15章 (1981年)』、電算写植の④『電算写植における縦組の組方原則』、⑤『電算植字 本づくり入門 (エディター講座)』、DTPの⑥『組版原論―タイポグラフィと活字・写植・DTP』、⑧『基本日本語文字組版』、⑨『明解クリエイターのための印刷ガイドブック DTP実践編』といったところであろうか。
この中では後のJIS X 4051の原型ともなった④が小書きの仮名や長音記号の行頭禁則をしないルールを提起している一方、当時大きな反響があった⑥は正反対にそれらをすべて含めて行頭禁則にすべきと書く。同じコンピュータ組版(それは従来の活版組版にない可能性をもたらすものだったはずだ)を論じていながら、この違いは何を意味するのだろうか。
また、私自身について言えば、あの当時生半可に⑥を読んで、行頭禁則は多ければ多いほどきれいな組版であるような誤解をしていたことを告白しておく。
本来は、そのような歴史的経緯や各書の位置づけもふくめ、それぞれの規定を吟味すべきところだが、現在の私の手には余るようだ。他日を期す所以である。
おしまいに、①と④の資料をご提供くださった前田年昭氏に深く感謝いたします。

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追記(2012年3月13日0時12分)

狩野宏樹さんから、『たて・ヨコ組版自由自在』(府川充男・小池和夫、グラフィック社、2000年)に禁則処理と行長の関係について言及があるというご指摘をいただいた。早速調べると、以下のように書かれていた。

われわれは組版に当って種々のアプリケーション・ソフトを使用しているが、以下はそのうち最も多用しているQuarkXPressに即して作業現場における組版品位の規矩を示したマニュアルである。ただし、これをほぼ厳格に適用しうるのは、一行の字詰が四十を越える書籍組版などに限られる。それ以外の場合にもこれを杓子定規に適用するのは論外である。(p.132)

同書の著者の一人が⑥の著者でもあるわけだが、ここでは趣を変えて、実際のアプリケーションによる具体的な作業を通して文字と組版全般について論じている。行頭禁則の規定内容そのものは⑥と同じだが、上記の補足がある分だけ組版規則としては完成度が高いのかもしれない。

追記2(2012年3月13日11時10分)

大石十三夫さんから、以下のようなご指摘をいただいた。

私の見落としである。お詫びするとともに本文を訂正する次第だ。消し線の後に訂正文を挿入するか、その旨特記するかした。ご確認いただきたい。

*1:〈 )〕]}〉》」』〉を禁止。また一重二重鉤括弧では大鍵、小鍵を区別

*2:〈-〉(ハイフン)を禁止

*3:〈 ?!〉を禁止

*4:本則で〈ぁぃぅぇぉゃゅょゎっァィゥェォャュョヮッヵヶ〉及び〈小書きのコ〉を禁止した上で許容

*5:一括して〈返し文字類〉として禁止

*6:〈,.〉をで禁止

*7:〈」〉を禁止

*8:〈・〉を禁止

*9:〈ぁぃぅぇぉっゃゅょゎァィゥェォッャュョヮ〉を〈行頭にきても許容〉

*10:〈。、〉を禁止

*11:〈 )〕]}〉》」』〉を禁止

*12:〈・〉を許容

*13:〈々〉は禁止しない、〈ヽヾゝゞ〉は許容、〈〻〉は禁止

*14:〈ぁぃぅぇぉっょァィゥェォッョなど〉を〈禁止しない(本則)。但し、これらの文字が(…)禁止する組方もある(並列)〉

*15:〈 )〕]}〉》」』】“ ’など〉を禁止

*16:〈ー〉を禁止した上で、〈行長が短い場合は許容とすることが多い〉の条件付で許容

*17:〈ぁぃぅぇぉゃゅょっァィゥェォャュョッヵヶなどを禁止〉とした上で〈行長が短い場合は許容とすることが多い〉の条件付で許容

*18:一括して〈受けの括弧類〉として禁止

*19:〈ぁぃぅぇぉゃゅょっァィゥェォャュョッヵヶなど〉を禁止

*20:〈ぁぃぅぇぉっゃゅょゎ〉は禁止、〈ァィゥェォッョヮ〉は許容

*21:一括して〈終り括弧類〉として禁止

*22:本則で禁止した上で〈・〉のみ許容

*23:本則で〈繰り返し記号〉として禁止した上で許容

*24:本則で一括禁止した上で許容

*25:本則で〈繰り返し符号〉として禁止した上で許容

*26:〈ヽヾゝゞ々〉を禁止

*27:一括して〈拗・促音〉として禁止

*28:〈 )〕]}〉》」』?〉を禁止

*29:〈々ゝゞ〉及び繰り返し記号(U+3033, U+3035)などを〈そのまま行頭に組む〉

*30:〈拗音・促音〉は〈そのまま行頭に組む〉

*31:本則で禁止した上で〈調整箇所・量が増え、字間が空き過ぎる場合〉の条件付で許容

*32:本則で〈ぁぃぅぇぉっゃゅょゎァィゥェォッャュョヮ〉を禁止した上で許容

*33:「。、」しか挙げていないが本書はJIS X 0213:2004の文字クラスに基づいており「.,」も含んでいると考えられる。他項目も同様

*34:本則で禁止した上で〈調整箇所・量が増え、字間が空き過ぎる場合〉の条件付で許容