漢字小委員会が修正案を公表(追記あり)

小幅の変更にとどめた修正案


9月8日、東海大学校友会館にて第36回漢字小委員会が開催され、いよいよ修正案が公表されました。具体的な内容は、いつものように小熊さんが公開してくれた配布資料をご参照ください。

修正案の内容としては、前回金武委員から強く提起されたような、従来常用漢字表で示されてきた一点しんにょう、簡易な食偏で統一するというような大きな変更は避け、その代わりに許容字体(略字体)をアステリスクを付して括弧に入れ、本表の漢字欄に掲げるというもの。試案段階では備考欄に小さく掲げていたので、これと比べれば大変目立つようになりました。

この修正案について林副主査は、以下のような理由を挙げて、追加字種をいわゆる康煕字典体で示すことの正当性を強調しました。

  • ①2004JISや人名漢字は国語施策を信頼して変更した。表内に入ったからと言って表外漢字字体表で示した印刷標準字体を変更すれば、そうした国語施策への信頼を失ってしまう結果となる。国語施策で示した字体に従えというのは今までは通用したが、これからはそうはいかない。今回の諮問の大きなテーマである情報化時代をもたらしたのは情報機器であり、これらの機器に搭載される字体を無視してはいけない。
  • ②追加字種ではいわゆる康煕字典体が多いのが実態であり、仮に略字体に変更すればそうした実態からかけ離れ、さらにそれが情報機器に搭載されるということになってしまう。

この修正案について出方が注目された金武委員は、表の表現方法をめぐっていくつかの再修正を求めたものの、概ねこれを了承すると明言、他の委員からも反論もありませんでした。具体的に金武委員が求めたのは、

  • 現状の修正案でアステリスクの付かないカッコ内の書体(康熙別掲字)と、今回許容されたアステリスク付きのカッコ内の字体(許容字体=略字体)を比べると、書いてはいけない字体(康熙別掲字)の方が大きく、むしろ書いてもよい字体(許容字体)の方が小さいのは分かりづらく、修正の必要がある。
  • 林副主査の考えはよく分かったが、やはり国民の大多数が使う常用漢字表は分かりやすさが第一。むしろ許容字体の方を括弧に入れたままでも先に示した方がよいではないか。

という2点。ただし、追加字種において略字体は許容字体としている位置づけの変更を求めるようなものではなく、表の表現方法の修正を求めているという点で、大きな反対ではないと言えます(新聞協会としては許容字体を認めさせた時点で対応は可能になっており、組織として略字体に固執する理由はそんなに大きくないはずです)。

こうして、細部に異論はあったものの大きな方向としては了承する方向が打ち出せましたが、別に法務省から提出された追加字種案の審議(後述)に時間を割いたことなどもあり、この修正案を承認するところまでは至らず、次回へと持ち越されました。また、漢字表の名称問題は時間切れで審議には入れず、これも結論は次回に持ち越されました。

法務省内閣法制局から6字種の追加をもとめる案が提出

じつはこちらの方が審議の順番が先で、先後が逆になりましたが法務省内閣法制局から追加提案がありました。これは常用漢字表制定直後にさかのぼって法令の使用字種を調査し、そこから表外漢字、交ぜ書きとなっている漢字を抽出、その上で「錮(禁錮)、賄(賄賂)、勾(勾留)、毀(毀損)、瑕、疵(瑕疵)」(カッコ内は用例)の6字を〈今なお法律中に使用される頻度がとりわけ高く、(略)追加されるのが適当〉とし、それに準じる漢字として「罹(罹患)、埠(埠頭)、渠(暗渠)、幇(幇助)、姦(強姦)」の6字を挙げたもの。

なぜ今になってという唐突感もあるが、文化庁が春のパブリックコメントに際して各省庁にも意見を求めていたところ、法務省内閣法制局からコメントをしたいが調査を行っているので、もう少し待って欲しいと連絡があり、それが今になって提出されたもの。氏原主任国語調査官による資料説明で、実際にその際に対象とされた法律資料が示されましたが、およそ3センチほども厚さがありました。氏原主任国語調査官も「これだけの量を徹底調査したのなら、遅れるのもやむを得ないのでは」とのこと。

スムーズな審議を推進したい立場からは、この6字種について漢字ワーキンググループで審議し、それを小委員会に提出するという手段もありましたが、前田主査の強い意向もあって、ひとまず小委員会に提出、そこで出た意見を踏まえた上で漢字ワーキンググループで検討することにしたようです。

審議の席では、出久根委員から広く国民が参加する裁判員制度が発足したこともあり、字の追加を検討するよりは、むしろこれらの字によって表記される語の方を検討することにした方がよいのではという声が出ました。

また、金武委員からは「禁錮」は新聞では「禁固」と表記しているなどの例を挙げ、これらの追加提案をそのまま認めることに抵抗があるという意見が出されました。

ただし、氏原主任国語調査官からは、これらの法律用語は明治以来の流れがあり、相互の関連が存在する。さらにそうした語の解釈が定着して久しいので、簡単にいじることができない実態があることが指摘され、この問題が一筋縄でいかないことが示唆されました。

次回は10月28日の予定ですが、審議の日程自体がずれこんでおり、その前にもう一度開かれる公算は大きいようです。

本当は、もう一つお伝えしたいことがあるのですが、それは夜遅くにでも。以上、走り書きなので、間違っているところがあるかもしれません。その点はどうかご容赦を。

●「法務省」と書いたのは「内閣法制局」の誤りです。お詫びして訂正いたします。

〈追記〉 最終答申は1ヵ月ほど遅れる見通し

委員会後の取材において、氏原主任国語調査官は「あくまで仮の話、主査、副主査のお考えも聞かないと」と断ったうえで、「最終答申は1ヵ月、場合によっては2ヵ月ほど遅れる可能性が高い」と述べた*1

その場合、現在の委員の任期が2月初旬で切れてしまうため、今期の委員にそのまま留任してもらい、1ヵ月か2ヵ月で結論を出すことになるだろうとのこと。その上で新たな期の国語分科会総会、文化審議会総会を新常用漢字表のためだけに開催、そこで審議・承認されることになる。また、氏原主任国語調査官はそうした場合でも「日程的に来秋中の告示訓令は十分可能。むしろ焦らず無理のない日程でやった方がよいのでは」という見方を示した。

もともと第33回の審議で配布された資料3「漢字小委員会における当面の検討スケジュール改(案)」によると、7月中には字体の審議は終了、9月には第2次パブリックコメントに向けた第2次試案が公表される予定だった。

しかし、今日の審議では字体の示し方について大筋の合意はできたものの、最終的な了承は得られていない。となると、すでに2ヵ月以上の遅れが出ていることになる。さらにここに来て法務省から追加字種の要望があり、こちらも無視できない情勢だ。

となれば、むしろ最終答申を1ヵ月程度先送りするのが現実的……氏原主任国語調査官のコメントは、そのような状況を踏まえたものと考えられる。

*1:この追記部分は、元々ある記者氏が教えてくれたことがきっかけで取材できたことです。委員会終了後、顔見知りの記者氏がぼくに近づいて「あそこで氏原さんが、答申は1ヵ月延長って言っているよ」と教えてくれたのです。この時、ちょっと離れた部屋の奥で、氏原さんは漢字ワーキンググループのメンバーと打ち合わせをしていたのですが、その際の会話を耳ざとく聞いて教えてくれたというわけです(氏原さんは元は高校の国語教師で、よく通る大きな声の持ち主。ひそひそ話がしづらい体質)。打ち合わせ終了後の氏原さんをその記者氏と2人でつかまえて聞いたのがこの追記の内容です。天下の全国紙に対してこんなことを言うのは滑稽かもしれないけれど、やはり彼より先にこの件を公表するのは仁義に欠けます。あちらが記事を出したのを確認した上で、公開することにしました。なお、彼の書いた今晩の記事では、直接この件には触れていませんでした。