第1次・字種候補素案の「樋」は「桶」の間違い


みなさま、たくさんのコメントありがとうございます。原稿にかかりきりで、なかなかご返事できずに申し訳ないです。それでも、どうしても放っておけないコメントいただいたので、取り急ぎこれについて書きます。


5月16日のエントリ、文化庁に聞いてみましたでの々々さんの以下のコメント。

私も5月14日に文化庁に電話で問い合わせました。
やはり「闇」「靴」はミスだとの答えでした。
もう一つ、「『樋』とあるのは『桶』ではないか」(案の該当箇所には「樋」の代わりに「桶」がある)と質問したところ、これもミスだと答えました。
「ミスはこの3箇所で全部ですか」と聞くと、そのとおりです、ということでした

これはちょっと驚いた。ものすごく重要な指摘です。
以下のエントリは、配布資料を手元に置きながらお読みください。第22回の資料は、小熊さんが複写してくださいました。

  http://smallbear.sakura.ne.jp/kanji/upload.html



まず1つは第1次・字種候補素案(以下、素案)にあった追加候補の中に、別字が紛れ込んでいたということの驚き。これは同じ字が重複して挙げられていたとか、入るはずのない常用漢字が紛れ込んでいたとかいうように、よく見れば分かるケアレスミスとはレベルが違います。まったく別の表外字が掲げられていたわけで、それと知らされなければミスとは気づかないのですから。々々さんは「参考資料3 漢字頻度表 順位対照表」と素案を最初から付け合わせていったのだと思います。まことに頭の下がることで、こういうきちんとした裏取り作業がなければ、このミスは分からなかったでしょう。心から感謝申し上げます。


2番目として、このミスが明らかになった日付の問題。々々さんが文化庁に問い合わせたのは5月14日とおっしゃっている。どうしてこれが重要な問題かといえば、その12日後の5月26日に第22回漢字小委員会が開催されており、そこではわずかな修整を施しただけの素案が再度配布されていたからです。つまり、文化庁は間違った字が混入したままの文書を委員や傍聴者に配布したことになる。あえて言いますが、これでは我々の信頼を裏切ったことになってしまいます。


上に「わずかな修整を施しただけ」と書きましたが、5月12日の21回で配布されたバージョンと、5月26日の第22回で配布されたバージョンの違いは、後者において「巾、樋、靴、闇」の4字に下線が引かれていたというだけの違いでした。ちなみに下線について文書中ではまったく説明されていません。ではこの下線はどういう意味なのか。これについては22回の席上で主任国語調査官が、配布資料説明の際に以下のようにコメントしています(ちなみにこの配布資料説明は慣例として議事録では省略されています)。ぼくのメモから再現します。

……それから参考資料の2につきましても、前回の220字ということで……、ただ、先生方の中にはお気づきになっていると思いますが、まず参考資料の1で、この220字が非常に大きく報じられたわけですが、この中でたとえば7/1ページ、候補漢字Sの2段目の左から2字目ですね、「闇」という字がある。それから次のページを見ていただきたいのですが、これ前回とまったく同じ資料なんですが、候補漢字Aの下から10行目にやはり「闇」があって線が引いてあります。

同じように下線が引いてありますのが、その上の方の「樋」とか「巾」とかにも引いてありますが、これは、漢字ワーキンググループの中で、非常に込み入った選定の方法をやってました。1回目やって入れるか入れないか、今は決着のつかないもの、入れる可能性があり、後で再検討する必要のあるものとか、今は入れないけどもう一度見直す必要のあるものとか、十数種類に及ぶ場合がありました。その関連で、今見ていただいた「闇」というのは、本来でしたら一つになっていなければならないわけですね。

なぜこれが2つ入ってしまったかと申しますと、候補漢字Sの方の「闇」というのは、門構えの「音」の第1画目が漢数字の「一」の短い形になっていたんですね。いわゆる旧字体型。それに対して候補漢字Aの方の「闇」は常用漢字と同じく第1画目が短い縦棒なんです。ここまでの漢字の字形の細かい違いを、この漢字頻度数調査では分けて調査してまして、その関係でそのまま2つに残っているんですけども、この種のものがいくつかありまして、それが今見ていただいた下線の引いてあるものです。

これは前回も申しましたように、第1次の素案ということで、これから見直しを行うと同時に、次回第2次の素案をお出しすると言うことで、ご了承いただきたいと思います。


これはあくまでノートに基づいて再現したものなので、実際の発言とは若干相違しているかもしれません。しかし、下線の意味は、ソースである凸版調査で分けていた、字形の違いがある複数の字がそのまま掲載されてしまった、そういう説明だったとぼくは理解していました。主任調査官の説明にもあるとおり問題の「樋」にも下線が引いてありますが、ぼくはてっきり複数の字体、たとえば二点と一点のしんにょうの「樋」があるのだと思っていたわけです。ところが、どうやら事実は違っていた。


これについて6月4日、実際に文化庁国語課に電話で問い合わせてみました。主なやり取りは以下のとおり。

――以前5月14日に素案の中の「闇」と「靴」が間違いではと問い合わせたのだが、他にも「樋」とあるのは「桶」の間違いでは?
国語課:その通りです。間違いです。
――間違いが分かったのは? 26日の第22回では「樋」のままの文書が配布されているが。
国語課:26日以前に分かっていたのですが、どの時点なのかは今はっきりとはお答えできませんが、資料を作成する段階で入れ違ってしまったということです。
――つまり訂正漏れ?
国語課:26日の時点で分かっておりまして、下線が引いてるのはそういう意味でして。それであえて最初にお出ししたものをそのまま変えないでお出ししようと、いうことでそのままお出ししました。
――26日は自分も傍聴したが、その際の説明ではデザインの違いがあるものが、そのまま出てしまったというような説明だったと思う。自分のノートにもそのように記録してある。
国語課:そこははっきり申し上げなかった点があるかもしれませんが、そこは実際には「桶」が入るべきものです。
――すると、下線の意味は?
国語課:今後、表の中で訂正されるべきものという意味です。
――つまり、字形の違い云々ではなく、訂正の可能性があるものだと?
国語課:そうですね、お出しした資料の不備ということです。
――下線で訂正の可能性があるものを示し、文字の形そのものは前回から変えなかったと。
国語課:そうです。文字の形には手を加えないで、ただここが訂正されるべきものだという意味で下線を付したと。
――とすると、下線の意味が書かれていないのは、どういう理由からなのか。つまり下線の意味がわからないと、誤解が広がるだけでは?
国語課:それはこの間事務局から説明させていただいた通りで、つまりこれは最初にお出ししたものですよと、ただそれ(第2次案)をもう一度出しますよと。委員の先生方と傍聴者の皆さんにお分かりいただけるように下線を付したと。それでこの間主任調査官の方から、これは字体などをふくめて訂正されるべきところだと、いうお話をさせていただいたわけです。ですから資料そのものにはわざわざ書かなかったということですね。下線を付してご注意いただくというところに留めたということです。
――あの時に、訂正の可能性ということで説明されてたのか?
国語課:訂正という言い方が正しいかどうか分からないんですが、今後整理されるべきところということではお話ししたと思います。ただ、それが伝わってなかったとすれば申し訳ないんですが、そういった意図で付けた下線だったということです。
――ノートを見ると、「闇」の例を引いて「音」の一画目が横棒であると、それで他にもこの種のものがあって横棒を引いてあるという言い方をしている。つまりその説明を聞くと、字形の違いがあるものに下線をつけたのかなと、いうふうに理解した。
国語課:ああ……、なるほど。それはもちろん当初の資料に不備があったということなんですが、私たちが当初考えていた以上に大きく報道されてしまったもので、そこはこちらとしても、もうちょっと慎重にやるべきだったと、反省しているところもあるんですが、今後、次回の候補としては、しっかり直されて出てくるものと思います。この間違いも「闇や「靴」と同じような間違いで、急いで資料を出そうとしたところから起きてしまったことです。
――ただ、「闇」や「靴」の間違いは、あくまでまだ作業途中のものであったという言い方ができると思うが、これはちょっと違うのではないか。26日の事務局の説明では字形の違いと受け取れる説明をしていたところが、実はまったくの別字が紛れ込んでしまっていたということで、レベルが違うミスではないだろうか。はっきり間違いを訂正するか、もしくは下線の意味を凡例として掲載すべきでは。そうでないと、あまりに誤解が大きくなってしまう。
国語課:そういうお気遣いをいただくのは、本当にそういう部分もあるかと思います。これについてが後で主任調査官と話をしたいと思いますが、私どもとしましても当初の大きい報道のされ方もあって、多少混乱の中で動いてしまったということもあると思います。もちろん、そこはこちらでも考えたいと思います。
――要望だが、これからネット上で資料を公開していくと思うが、これについては説明を付ける等の配慮がないと、資料が一人歩きしてしまう可能性がある。いくら素案といっても、「樋」が入るか、「桶」が入るかで話が変わってくる。別字が紛れ込むのは問題が大きい。
国語課:はい、それに関してはこちらで検討させていただきます。


以上のようなやり取りでした。つまり22回の委員会で配布する資料を作成する際、認識に甘いところがあり、それで誤解を受けかねない資料を配付してしまった。下線の意味をきちんと説明しなかったのも、素案が大きく報じられてしまったことに端を発した混乱によるもので、けっして意図したものではなかった。電話でのやり取りをした限りでは、これは本当のことを言っていると感じました。ちょっと鈍感なところはぜひ直していただきたいと思いますが、少ない人数で膨大な作業をこなしているのですから、100パーセントの作業は望み得ないし、ある程度のミスは仕方ないと思っています。


もしかしたら、ぼくのこういう考え方に違和感を持たれる方もいるかもしれません。ぼくは枝葉末節を言い立てても仕方ないと思うのです。そうではなく、彼らのなるべく本質的な部分に対する批判をしないと、お互いのためにならない。なぜなら彼らがやろうとしている仕事は、自分にはねかえってくる施策であるからです。


文化庁にはこれからもっと大変な作業が山のようにあるのですから、どうか着実に作業をすすめていただければと思います。ただ、あまり慎重になりすぎて、資料の公開にまで影響が出ると困ってしまうのですが。なんだか、今回は偉そうなことばかり書きました。


ところで、「巾」ってどうして下線が引かれたんだろう? 聞けばよかった……。