第32回漢字小委員会速報

本日、午前10時より文科省講堂にて第32回漢字小委員会が開催、いよいよパブリックコメントで寄せられた意見の検討作業が始まりました。

この日の議題は前回のエントリでも書いたように、試案のうち「基本的な考え方」と「字種」を審査することになっています。これに対応する資料として、前者には「資料2 意見募集で寄せられた意見(基本的な考え方に関する意見)」、後者には「資料3 意見募集で寄せられた意見(追加及び削除希望字種一覧)」が配布されました。


たぶん小熊さんがいつものように複写してくださるのではないかと思いますが、資料2の方は試案の「第1章 基本的な考え方」の項目ごとに見出しを立て、それぞれに対応する意見が短くまとめて列挙されています。また、資料3の方は希望のあった字を、希望件数、頻度長の順位といった参考情報を付して一覧表にまとめてあります。

ご注意いただきたいのは、この資料2の項目は前述のとおり試案の項目に従って分類しただけということ。たとえばここに「4 追加字種の字体について」という項目がありますが、結果から言えばこの日の審議ではこの部分の意見はほとんど議事にのぼりませんでした。しかし、だからといってこれから字体について審議はしないという意味ではありません。この日審議されたのは、あくまで「第1章 基本的な考え方」のうちの「4 追加字種の字体について」という項目の内容に対する意見の審議であり、追加字体そのものについては日を改めて審議されます。

さて、本日もっとも多くの時間が割かれたのは、改定の必要の有無についてでした。これはもしもこの日「やはり改定しなくともよい」という意見で一致すれば、すべてがやり直しになるからで、そのためにも最初にこれについて話されました。とはいっても、率直に言ってほとんどの委員が前期から留任という構成ですから、ここで改定の必要なしという結論になるはずもありません。



詳細は後日公開される議事録を読んでいただくとして、ここではこれに掲載されないことを報告しておきましょう*1。資料2「1 情報化社会の進展と漢字政策の在り方」の「⑴改定に当たっての考え方について」に以下のような意見が掲載されています。

  • ○表外漢字字体表の制定時に、常用漢字表は改定しないという了解があったはす。

おそらくこれは直井靖さんのブログ『Mac OS X文字コード問題に関するメモ』の「表外漢字字体表の呪い(2009-03-26)」の報告を元にした意見と思います。これについては配布資料説明で、文化庁から概略以下のような説明がありました。

表外漢字字体表を議論している当時、国語施策懇談会で「常用漢字表の通用字体と合わせたものを表外漢字の字体とすべき」という意見のパネラーの方がいて、その根拠として「表外漢字を通用字体にすればスムースに常用漢字表に入れることができる」という理由を挙げていた。それに対して当時の国語審議会の委員の一人が、「常用漢字表に入れることを前提に議論はできない、なおかつ、委員会に科せられているのは表外漢字の検討である」という返答をした。

直井さんのエントリを読むと、ポイントは「常用漢字の見直しは行わない」と国語審議会委員が明言してしまったところにあると思うのですが、国語課ではそういう発言自体がなかったと考えているのでしょうか? 上記の説明だけでは、経緯は分かってもその点が分からないことを指摘しておきます。なお、この件について審議の場では委員からとくに意見は出ませんでした。


他には「3 字種・音訓について」のうち「⑷漢字表の形式等について」の中に「◎常用漢字表に加えて準常用漢字表を作成し、読み書きのできる字、読めればよい字の2段階の表にしてはどうか」という意見があります。これは文頭に「◎」がついてますから3人以上同じ意見の人がいたことがわかります。じつはぼくもその一人。これは正式に「すでに準常用漢字表は作らないことに決定ずみだから、改めて検討する必要はない」ということになりました。個人的には検討済みであることを十分踏まえて書いたつもりですが、残念ですがまあこんなものでしょう。なお、資料3のpp.13-14に「第2表」という言葉が出ていますが、これも準常用漢字表のことだとか。


その他には、この件を審議後に詳しく聞いていた記者がいたので報道されるかもしれませんが、「碍」の追加の是非が話題になりました。資料3のp.20に「追加は慎重にすべき字種」として1字だけ「碍」の字があります。これについて林副主査が「さっくばらんに意見をいただければ」と水を向けたところ、出久根委員が得たりとばかり「「害」の語例として「害悪、被害、損害」とあるが「障害」はない。これはなぜ外してしまったのか。私共は問われているのだと思う。この字をどう考えるかは最も大きな課題であり、すでに時間もないので次回に時間をかけて話し合うべき」と声を張り上げました。

これに答えるように内田委員から「自分の専門分野でも障碍心理学などで「碍」の字を使う。入れていただきたい」という声がありました(それは専門用語であり常用漢字表の適用範囲外だと思いますが……)。

一方で松村委員から「自分が務めていた小学校でも障害児学級があった。しかし不勉強ではずかしいが「障害」を「障碍」とも書くというのは、この意見を読んで初めて知った。長い教員生活でも保護者からそのような声を聞いたことがないし、改めて周囲の人間に聞いたが、そこまで拘っている人間はいない」という発言がありました。

また、文化庁からは試案では「害」には確かに語例に「障害」はないが、「障」の方に語例として「障害」があることが指摘されました(つまり出久根委員が「外した」と思ったのは勘違い)。

最後に金武委員が「「害/碍」の字に関しては新聞協会にも意見が届いており、用語委員会で検討したことがある。しかしさまざまな意見がでて一致していない。また障害者団体の中でも多くの意見があり、「害」を主張する団体もあれば「碍」がよいというところもあり、あるいはどちらもマイナスイメージの字だから全く別の言い換えを考えるべきというところもある」という発言がありました。

この件については『小川創生@檸檬の家』の「明治の法令にも「障害」の用例あり…むしろ「障碍者」こそ新語」というよくまとまったエントリがあります。これを読むと出久根委員の力説も、ちょっと見当違いという気がします。なお、文化庁でも「障碍」の語がむしろ新しいことは把握ずみで、感触としては今後「碍」の字が深く検討されることはないように感じています。


最後に一つだけ。4月28日の本ブログのエントリ「一部委員を入れ替えた新委員会が発足、9月には最終案取りまとめへ」で甲斐睦朗氏が留任していないことを書きました。これについて々々さんが「1月に70歳に達したことが理由のようです」とのコメントを下さいました。

この件について審議の終了後、氏原主任国語調査官に聞いてみましたが、やはり々々さんがおっしゃったとおりでした。そして、これは知らなかったのですが、内規で70歳定年がはっきり謳われており、これを覆すのはかなりむずかしいことだそうです。これも々々さんが触れていたように前田富祺氏も70歳を越えているのですが、前田氏については小委員会発足当初から主査を務めていたこともあり、議事の連続性という意味から特例が許された模様。なお、甲斐氏は文化審議会を始め各種審議会の委員をつとめており、自身も70歳定年をご存知だった可能性は高いと考えられます。

ぼくはあの当時、年齢は口実にすぎず、本来甲斐氏に就任を要請できるところを要請しなかったものだと思っていましたが、どうやらこれはぼくの思いこみ。出久根氏のことを言えません。お恥ずかしい、お詫びして取り下げることにしたします。

*1:配布資料説明は議事録に掲載されません。これについてぼくは公開すべきと思い公募意見にも書きましたが、文化庁に聞くと今後も公開は無理な様子。ぼくは「国語審議会当時は配布資料説明は公開されていた」と書いたのですが、それはあくまで総会のレベルであり、小委員会(総会から見れば2段階下)は当時議事録も公開しておらず、その意味では情報公開のレベルはかえって上がっているとのこと。しかし、それで納得する人はいませんよね? と重ねて聞くと、たしかに公開すべきかもしれないけれど、文化審議会傘下の他の小委員会と足並みをそろえなくてはならず、漢字小委員会だけあまり情報公開を突出させるわけにいかなくて……と苦しい胸の内を吐露されていました。うーん、残念。