しんにょうの点の数

新しい5000円札の「樋口一葉」



お札が新しくなりましたな。
デニーズなんかで仕事していると、お勘定のついでに新札を見せ合っているテーブルがそこここに見られたりして、いやー、やっぱり皆さん、お金が好きなんですね。俺? もちろん大好き。だけど、今日まで自分の手元に来たことはなかった。やっぱり、お金が好きでも、縁はないのかな。


そうこうしているうちに、奥さんが「新しいお金だよ!」(どういう言い方?)と持って帰ってきた訳です。


さっそく夏目漱石などを取り出し、左右に並べてひとしきり、やれ「前の絵の方が上手かった」だの、「なんで、顔がこんなにノッペリしているんだ」等の悪口で盛り上がったんですが、ふと目に留まったのが5,000円札の一部分。「こ、これは!?」。思わず階下の仕事部屋に駆け込み、ルーペを取りに行っちゃいましたよ。


上の写真をご覧いただきたいのだけど、樋口一葉の「樋」の字、一点しんにょうになっちゃってますね。この「樋」の字ですが、表外漢字字体表*1で掲げられた印刷標準字体によれば、二点しんにょうでなければならない。一点しんにょうはペケ。


表外漢字字体表なんて言っても誰も知らないし、かねがね影が薄いなあと思ってたけど、ついに新札にまで無視されちゃったんだ。そりゃ、常用漢字表みたいに内閣告示訓令じゃなく、法的裏付けがない審議会答申でしかないけど、こうなると表外漢字字体表に対応するために、JIS文字コード改正にまで踏み切った経済産業省の判断って、一体なに!?

さらに言うと、2006年末にリリースを予定されているマイクロソフトの新しいWindowsLonghornでは、印刷標準字体に合わせてMS明朝等の純正フォントのデザインを変更しますから、一点しんにょうの「樋」は出なくなります。つまり、再来年以降、新しいWindowsを買った人は、ほとんど二点の「樋」を使うことになる*2


でも、さらに良く見ていったら、なーんだ、新札が無視していたのは表外漢字字体表だけじゃなく、常用漢字表もでした。さすがお偉い独立行政法人国立印刷局さまは、文部科学省ずれの国語施策など関係ないらしい*3。以下の写真を見られよ。常用漢字では一点しんにょうに作る「造」が二点しんにょうですね。どっちやねん!!*4


*1:http://www.bunka.go.jp/kokugo/→「国語表記の規準・参考資料」→「表外漢字字体表」を参照。

*2:オプションで旧書体のインストールも可能だが、二者択一でどちらかしか使えない。普通の人はこんなことまで気を付けないから、放っておけば殆どのマシンは新しいMS明朝にリプレースされちゃうはず。全国の樋口さん、樋田さんは気をつけよう。ついでに「辻」「逢」なんかも同じだよん。→小形克宏の「文字の海、ビットの舟」

*3:1981年内閣官房長官通知「公用文における漢字使用等について」によって行政機関が作成する公用文での漢字は、常用漢字表によることが定められているのだけど、お札は公用文じゃない!?

*4:でもさあ、これって「印」の左半分が、1949年の当用漢字字体表そっくりの、下に突き抜けない形なんだよねえ。そういう意味では、この字だけは当用漢字字体表に過度に基づいている。その昔、精興社明朝等がこれを字体差と勘違いして真似てしまったという曰く付きの形ですな。