第28回漢字小委員会\詳報その1

昨日につづいて、詳報をお伝えしようと思います。以下、傍聴ノートにもとづき再現しますが、いつものようにこれは省略の多い走り書きです。正確には後日公開される議事録をご参照ください。

25日のエントリでは、氏原主任国語調査官による「配布資料の説明」までを報告しました*1。通常ですと、これに続いて「配布資料の説明に対する質疑」、そしていよいよ「協議」と続くわけですが、今回はすこし波乱がありました。「今の説明に対する質問はないか」との主査の問いかけに、真っ先に手を挙げた甲斐委員の発言。

  • 甲斐委員:前回の会合では、さきほどのしんにょうでは常用漢字の字体にならうという空気が支配的になったように記憶するが、それに対してその後漢字ワーキンググループ(以下、漢字WG)があり、そこでの議論でなにかあったのか、一切の説明がない。資料の説明でも以前の懇談会の話が繰り返された。漢字WGは何をやっているのか、どうして今日のような結論になったのか、いきさつをせひ話していただきたい。

一応質問の形はとってはいるが、今回の案についての反対意見ととれる。ただし、失礼ながらこれは甲斐委員の暴発。前回の委員会では両論が対立したことはあっても、どちらか一方が支配的などということはなかった。この日配布された議事録でもこれは明らか。

通常であれば議長が「まあまあ、ご意見は後ほど伺うので」等といなし、頭を冷やしていただくところだが、いつもは冷静な前田主査がこれに強い口調で応じてしまったため、ここからなし崩し的に討議が始まってしまうことになった。甲斐委員の発言に対して、前田主査、林副主査、阿辻委員(漢字WGのメンバー)が記憶違いであることを指摘するが、甲斐委員はひるまない。

  • 甲斐委員:一点しんにょうと二点しんにょうが新しい常用漢字表で混在することの問題、これは前回も説明にあった仏/沸の関係と違い、しんにょうは偏の問題。そういう点で私は、しんにょうの点は揃えていただきたいと思う。そういう希望というのは、私のみならず、何人かから出ました。それについての漢字WGの回答がない。
  • 林副主査:さきほどのは、その点の回答なんです。一点しんにょうに揃えれば、どうなるのか、その点の説明があったわけです。
  • 甲斐委員:それは分かります。しかしこれは日本に住んでいる一億数千万の使い勝手の良さを大事にしたい。これは20年、25年という時間で使われつづけていく。二点で追加すれば、なぜこれが二点なのか説明がむずかしくなる。先ほどの「沸」の旁を「ム」にすれば使いづらいというのは説明できます。しかしなぜこれは二点しんにょうなのか、説明がつかない。それを国際規格の方でだけ説明なさる。国民の使い勝手が外に置かれてしまう。そこから説明して欲しい。
  • 前田主査:話の前提が違う。今回の改定の目的は情報機器が普及し、そこでいろいろ問題がおきている。それを解消するということが改定の出発点のはずだ。そこの前提を考えないで議論されても困る。
  • 甲斐委員:私も情報機器のことは考えている。
  • 前田主査:ではどう考えているのか説明して欲しい。
  • 甲斐委員:一点にすればよい。それをなぜ二点にするのかということは、情報機器の方から……(よく聞き取れない)。
  • 前田主査:それを説明しようとしたのが先ほどのものだ。
  • 甲斐委員:前の懇談会の時もマイクロソフトの加治佐氏に、二点しんにょうである統合漢字を一点しんにょうに変更することは可能かと質問したが、大変だけどできなくはないとのことだった。
  • 前田主査:それは非常な誤解だ。不可能ということを言おうとしたのだ。

まだ少しやり取りは続くが省略。やがて納屋委員が手を挙げる。

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  • 納屋委員:今は主任調査官の資料説明への質問の筈。今も質問だと思って聞いていたが、これは意見だと思う。

ここで前田主査が我に返ったように進行の悪さを詫び、他に質問がなければ協議に入ることを提案し了承される。

  • 納屋委員:今回だされている「追加字種・字体」についての基本的な考え方(案〕」(以下、「基本的な考え方」)に賛成。とても良く分かった。「曽、麺、痩」の3字だけは簡易慣用字体を掲げるとなっていて、なるほどと思った。自分の高校で国語の授業も受け持っているが、教室でどういうことがおこっているかというと、「今日はアメリカの灌漑農業について勉強しよう」とやると、黒板に「灌漑農業」と書く。これは表外字。すると字の違いがあるので、「灌漑」の「漑」の旁は「概」と違うということを一々説明しながらやっている。これは一般的にどんな教員もやっている。そういうことから、印刷標準字体を掲げるということが最も正しいことだと思うし、3字だけ例外を認めるということも非常に納得が出来る。「基本的な考え方」にある5つの理由も腑に落ちる。

ここで前田主査が仕切り直しとして論点の整理をし、協議を再開。

  • 甲斐委員:自分は一点しんにょうを常用漢字の字体として認めて欲しいという立場だが、そうすると問題がおこるということは分かった。そこで聞きたいが、「曽、麺、痩」では同じような問題はおこらないのか?
  • 氏原主任国語調査官:じつは我々もしんにゅうだとか食偏の方が簡単なのかと思っていた。しかしむしろ字体が大きく変わっているものの方が、国際規格の方がコードポイントを2つ持っている(小形注:つまり問題にならない)。簡易慣用字体と印刷標準字体については、JISの方で2004年改正の時に1,022字の印刷標準字体と22字の簡易慣用字体をふくめて、対応できるよう改正してもらっているので、簡易慣用字体にしたとしても文字コードとしては問題にならないということを確認した上で、今回はこういう案を出した。
  • 武元委員:常用漢字表というものは、字種と音訓を示したものだと明確に謳った方が良いのではないか。もしそれが出来ないのなら、なぜそうせざるを得ないのか(小形注:なぜ字体が混在せざるを得ないのか)詳細に説明をすべきだろう。
  • 前田主査:字体については触れないということか?
  • 武元委員:いや、説明を丁寧にという意味だ。

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ここで金武委員が挙手。この発言は非常に重い意味を持つので注意。

  • 金武委員:この前の議事録を確認すると、新しく入る字種について、通用字体にすべきという意見を出したのは、甲斐委員と私。それに賛成されたのが杉戸委員と武元委員の4人*2。それに対して印刷標準字体にすべきという案を出されたのが納屋委員、筆記体と活字体の違いがあるから、その点を考えて示したらどうかというのが林副主査、そういうことでよろしいか?

前田主査がうなずく。

  • 金武委員:そこで常用漢字表の字体に揃えようという意見に対して、それは非常にむずかしいというのが、この「基本的な考え方」であると、いうふうに理解した。日本新聞協会の用語懇談会に加盟してる社で、常用漢字表の改定について確認をとった。その中で追加字種の字体はどう考えるかという項目があった。回答があった25社のうち、常用漢字の通用字体に準じたもの(小形注:つまり略字体)とすべきというのが16社、未定・保留が5社、いわゆる康煕字典体というのが1社だった。つまり、新聞・放送界の大勢としては常用漢字の通用字体ということがはっきり言える。しかし逆の形になったので、どういうふうにこれから報道界内部で妥協点を探っていくかが問題になると思う。

引き続き、金武委員は日本新聞協会がいかに国語施策に忠実にしたがってきたかということを、「個」と「箇」の例を挙げつつ説明。しかしじょじょに各社のばらつきがでてしまったので、常用漢字表の改定の機会をとらえて国語施策に一致したものにしようと考えていることを説明。

  • 金武委員:しかし字体については報道界の大勢とは違うものになりそうだ。現在は常用漢字表と表外漢字字体表にほぼ従ったものになっている。しかし新しい常用漢字表で追加の字体が印刷標準字体で入った時、新聞界が足並みを揃えてそれに従えるかどうか……。つまり三部首許容によって印刷標準字体と同様に扱ってよいということが表外漢字字体表にあり、これを採用している社もずいぶんある。そのような、表外漢字でさえ一点しんにょうを使っている社にとって、「謙遜」の「遜」が常用漢字表に入った時、これだけを二点しんにょうにするのは論理的におかしいことになる。表外漢字を一点しんにょうにしておいて、表内に入った字を国語施策として掲げられたからといって、それだけを二点しんにょうにするのは、非常にむずかしいのではないか。たとえば妥協点として、字体の標準を「目安」とすることも考えられないか。一部の社にとって守りにくいものになる恐れがあるので、これからどういう妥協点が出来るのかということを心配している。

(今日はここまで。つづきは明日以降のエントリで)

*1:ちなみに、ここまでで1時間。全体が2時間ですから氏原主任国語調査官の資料説明だけで議事の半分にあたります。しかし公開されている議事録では、毎回この部分はカットされています。25日のエントリをお読みいただくと分かるとおり、資料説明は全体の会議の方向を知る上で非常に重要な内容を含んでいます。なのに何故議事録に掲載しないのか強い疑問を持ちます。なお、国語審議会の時代にはこの部分は議事録に掲載されています。国語分科会/漢字小委員会の透明度は国語審議会よりも下がったと言わざるを得ません。

*2:11日のエントリを書いた時点では、杉戸委員の立場がもう一つ明確に分からなかったのでぼかした書き方をしましたが、略字体に賛成という立場だったようです。なお、杉戸委員はこの日欠席。