国語施策における漢字表の存在意義について
おそらく、この指摘に関する議論が、もっとも深い広がりが期待できるように感じています。まずnazokouさんのコメントから引用してみましょう。
できれば〈「障がい者のための『障害者手帳』」のような文章〉とは、どこの自治体が、どのような文書で使ったのか、これは本当だとしたら興味深い例となり得るので、ぜひ示していただきたい点です。
また、そうした表記の裏に第3期国語審議会による「「同音の漢字による書きかえ」について(報告)」があることは、十分にうなずける話ではありますが、それはどこの行政当局者がそれを認めたのか、あるいはどのような例からそのように言えるのか、これもぜひ示していただきたい点です。そうした根拠がなければ、〈常用漢字表が「行政文書に対しては強制力を持っている」〉と結論づけられないと思います。
ここまで、ぼくはnazokouさんに根拠の提示を求めましたが、これは非難でもなんでもないことにご注意ください。どのような高邁な主張であっても、根拠となる事実を皆で共有しないことには、本当の意味での納得は得られないものです。
さて、nazokouさんが念頭におかれていたのは地方自治体など、我々住民に最も近い場所にいる行政当局者であるようですが、これを「行政行為の妥当性」という、より高い観点から取り上げたのがTaroさんです。
とはいっても、Taroさんが常用漢字表を何が何でも否定するという立場でないことは、以下の一文でも明らかです。
とはいっても、ここで私は、行政府における公文書や教育における漢字使用など、明示的に限定した目的や用途・範囲における漢字使用に一定の「目安」を設定する行政規則としての漢字表に反対しているのでは必ずしもありません。常用漢字表の広すぎる適用範囲に疑問を呈しているだけです。(2009/05/17 08:47)
つまり、Taroさんはこの問題を漢字表そのものより、むしろ常用漢字表の意図を書いた前文、とくに適用範囲に見出しているわけです。
一方で、漢字表の選び方について疑問を呈しているのが、YAMAMOMOさんとnoriさん。
- 漢字について、日本語を表記する文字であるとする以上は、まず、日本語の語彙・表現のあり方から論じなければならない。しかし、実際の、表の策定の調査で、ここまでもとめるのは無理。しかし、すくなくとも、語のレベルでの総合的調査に基づかないといけない。その語を、使用するか/しないか、仮名で書くか/漢字で書くか/交ぜ書きにするか、これらの基礎的データもなしに、文字を決めることなどできない。(YAMAMOMOさん 2009/05/17 09:58)
- 「広場の言葉」というならば、漢字表だけでなく、広く言語の問題として取り組むべし。ご承知のように、ロングマン英英辞典はThe Longman Defining Vocabulary 2000と呼ばれる基本語彙だけで語義を説明しています。「広場の言葉」とはそういうものから出発すべきです。現代日本語で使われる言葉自体を過不足なく説明できる基本語彙セットをまず考える。次にそれを核にして、現代常用語彙のようなものを考える。そうすれば、どのような漢字(字種)が必要かは自然に決まります。漢字が難しいなら、ルビを使えばよい。どのような字体にするかなんてのは、最後の最後でよろしい。(noriさん 2009/05/17 09:24)
いずれも主として単漢字調査を根拠とした試案*1に対する批判と読めます。なお、ぼくもお二人と同趣旨の意見をパブリックコメントで送ったことを申し添えます。
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ここまで、この問題について3つの立場を挙げたことになります。いささか乱暴ながら以下のようにまとめられましょうか。
以上です。おそらく「この部分はなぜ拾わない」というご不満はあるでしょうが、それは甘受いたします。これだけ長いとどうしても恣意が入ります。不足の点はぜひご指摘を。また、すべての方のコメントをひろうことができかったことを深くお詫びします。それと、自分の意見を書く余裕がなくなりました。それについては、また後日。
最後に、ここでなされた議論のなかで、誰もが留意すべき点はMotoyukiOgawaさんの以下の一文ではないかと考えます。
「表現の自由と個人の自己決定権」と、「コミュニケーションの手段としての漢字使用」(試案より引用)とのバランスを今回の漢字小委員会がどう図るのか、もちろん強い関心を持っています。(2009/05/16 15:46)
*1:試案の作成には単漢字でなく文字列調査も使用していますが、それらは確認用の補完データに留まっています。