絵文字の修正提案をめぐる、ひとまずの総括


ここ数回、ISO/IEC 10646の追補8(Amd8)として審議中だった絵文字に対し、ぼくもふくめた5人が提出した修正案(N3711)にについてご報告してきました。

正確にはまだ最終決着とは言えない段階なのですが、ひとまずここまでの総括をしたいと思います。

WG2東京会議の審議結果について

われわれの文書については、絵文字を一括して審議した分科会「Emoji Ad-Hoc meeting」で取り上げられ、その結果は「Emoji Ad-Hoc Meeting Report」の第17条(p.4)に明記されました。

17. In reference to documents N3711, N3713: The Ad-hoc agreed on a basic goal that names and glyphs for Emoji symbols in the UCS should reflect the intended semantics of the source Emoji characters as used in Japanese Telco systems, while at the same time recognizing that some of these symbols may also have broader international usage. With this in mind, it is recommended that the editors and authors of N3711 work together to review glyphs and to make appropriate changes in preparation of FPDAM8.
Additionally, the contributions suggested various name changes, mapping changes, and certain character additions: the Ad-hoc recommends that name changes and character additions not be made at this time, but that national bodies consider these contributions as they prepare ballot comments on FPDAM8.

太字部分を自分なりに訳すと、以下のようになるでしょうか。

Emoji臨時会議は基本的なゴールとして、UCSにおけるEmojiシンボルの名前とグリフが、日本の通信会社システムで使われているEmoji原規格で意図されたセマンティクスを表さなければならないことを承認しました。

これは、まさにわれわれがN3711で主張したことです。ただしこれには太字部分のすぐ後、カンマ以下の留保がつきます。この部分を自分なりに訳すと以下のようになるでしょう。

同時に、これらのシンボルの一部には、より幅広い国際的な用い方もあるかもしれません。

つまり、ただ日本の携帯キャリアどおりにすればよいというのではなく、日本以外の人々がEmojiを使えるような国際性をも配慮する必要性が示唆されています。もちろんこれも、われわれがN3711で主張したことです。

この17条の第2段落はちょっと意味が分かりづらいかもしれません。われわれが提案したのは、以下の3種類です。

  1. グリフデザインの変更
  2. 文字名の変更
  3. 原規格とのマッピングの変更

この第2段落では、上記のうち②については、この東京会議では取り上げられないけれど、次回以降の会議において、投票コメントの形で取り上げられるであろうことが述べられています。

また、③についてはこの第17条はなにも書いてませんが、じつは東京会議の席上で、ありがたいことに原案の提案者であるUnicodeコンソーシアム(Google)が受諾を表明してくれて、変更した結果はすでにN3728として公開されています。このN3728は単に符号位置を並べただけで分かりづらいので、UnicodeコンソーシアムによるEmoji Symbols: Background Dataを見た方が分かりやすいでしょう。e-326とe-333の欄を見ると、われわれがN3711(2.3 Revision of the Character Mappings, pp.7-8)で主張したとおりのマッピングになっていることが分かります。

①についてはアイルランド・ナショナルボディから若干の異議が出ており、これはメールのやり取りで協議が継続されることになっています。現在、そのメールを待っている段階で、冒頭「まだ最終決着とは言えない段階」と書いたのはそういう理由からです。とはいえ、Emoji Ad-Hoc Meeting Reportの第17条で上記のように明記されている以上、おかしなことにはならないでしょう。

つまり、われわれの修正提案は、かなりの割合で受け入れられたと言ってよいのではないでしょうか。

われわれは、なぜ勝ったのか

こうした結果を踏まえると、以下に書くことは、もしかしたら勝者の思い上がりに過ぎないかもしれません。しかし本当にそうなのかは、歴史の判断にゆだねるしかありません*1

ぼくは絵文字について、今年の3月からCNETで報告を重ねてきました。そしてその中で、ある一つの疑問を繰り返し提起してきました。それは、

  • なぜGoogleは日本の絵文字を収録したがったのか?

ということです。その答えはまだCNETの連載でも書いていないのですが、それはそのまま、ここでの「われわれは、なぜ勝ったのか」の答えともなるものです。つまり、

  • 日本の携帯電話は1億人以上に使われているから

ということです。つまり「市場の論理」。日本の携帯電話については、巷間ガラパゴスだとか言って、最近では良く言う人が少ないようです。もちろん、それはある面では正鵠を射ているのかもしれません。しかし他方で重要なことから目を逸らす結果になっているように思います。

CNETの原稿を準備している最中、内田樹さんのブログで「「内向き」で何か問題でも?」というエントリが公開されました。その内容は前半から半分くらいまでは、当時ぼくが携帯電話について考えていることとそっくり同じことで、アルファブロガーである先方からすれば井の中の蛙、ごまめの歯ぎしりみたいな話ですけど、自分の頭の中味が知らないうちに流出していたような奇妙な感覚に陥ったものです(まあこのエントリの後半は、いつもの内田節で当初のテーマからずれにずれていくわけですが)。

そう、1億人というユーザー数は、たとえ何もしなくても、ただそこにあるというだけで大きな意味を持ってしまうんです。その1億人が使っている端末が、たとえ異常進化したものだとしてもそれは別の話だし、なぜ異常進化してしまったのかも、また別の話です。

Googleが中国ではなく、インドでもなく、あるいは韓国でもなく、日本に目を着けたのは、そうした理由だと思っています。つまり、1億を超える人口を持ち、他国に比べれば所得の格差が少なく、その大半が同一の言語を使い、同時に同じような性能の携帯電話を持ち、日々それでインターネットに接続しているような社会です。

この点で、内田先生はちょっと思い違いをしているかもしれませんが、こうした均質な社会のマーケットを押さえるには、「標準」という存在自体が強い武器になるものです。いったんその標準が必須と認められれば、まるでオセロゲームのように急速に市場全体が受け入れてしまう(この場合その「標準」が「世界標準」か「国内標準」かはあまり意味はない。まあ大きい方が箔がつくだろうけれど)。

しかも絵文字の場合、キャリア間の利害の対立があるので、頭では標準化した方がメリットがあると分かっていても、自分達でそれを実現するのはむずかしい状況でした。それでも日本に住む大半は絵文字を現に使っており、日々文字化けに苛ついているわけです。Googleがこうした社会にビジネスチャンスを見出し、その道具として絵文字の標準化を打ち出したのは、まったく上手い手を考えたものだと思います。

ただし、もしもこの世界にUnicode(私的標準)しかなく、ISO/IEC 10646(公的標準)がなければ、ぼくらのような個人は入りこむ余地がなかったと思います。Unicodeが閉鎖的だとは言いませんが、やはりUnicodeコンソーシアムの会員企業がそのオーナーシップをもつものです。この点でISO/IEC 10646と違う。

最近のISO/IEC 10646をみると、古代文字や少数民族の文字の収録に熱心であるようです。これは普遍性をもとめるISOの古典的な理念から出たものと言えます。しかし一方で、やはり「その文字を収録することで、何人が幸せになれるのか」という問いかけは常になされているように思います。これは換言すれば「市場の論理」です。

10年ほど前、JIS X 0213に根拠を持つISO/IEC 10646未収録の漢字を、実装しやすいBMP(第0面)に収録しようという動きがありました。これは主に日本IBMマイクロソフトの日本法人が活発に働きかけたのですが、結局それは実現せず、これらの漢字は第2面に収録されました。それはなぜだったのか? これについては当の日本ナショナルボディが支持をしなかったのですが、その理由を聞くぼくに対して、ナショナルボディの一員だった小林龍生さんが、明確に答えた言葉を今でもよく覚えています。曰く。

  • JIS X 0213の漢字をBMPに収録するメリットについて、彼等(日本IBMMicrosoft KK.)はマーケット・イシューとして提示できなかったから。

つまり、「JIS X 0213の漢字をBMPに入れて、何人が幸せになれるの?」ということです。さて、もうお気づきでしょう。ぼくは絵文字が日本のキャリア原規格とずいぶん違う形で収録されようとしていることが分かったとき、「うまくやれば、提案を吞んでもらえる」と思いました。それは、ほとんど確信のようなもので、問題は修正提案をきちんとした形にできるかどうかだけでした。もしもうまくWG2会議に出せるような形にすることができれば、つまり会議のテーブルの上に出すことさえすれば、それは必ず承認されるはずだと思いました。というより、いっそこう言った方が適切でしょう、提案しさえすれば、WG2はそれを拒めないはずだと。

その理由は絵文字のユーザーが1億人いたから、言い換えれば明確なマーケット・イシューが提示できたからです。幸せになれる人が1億人いるからには、彼等はそれを拒めないだろう。

結果は前述したとおりです。いくつか細かな点で思わぬことがあったり、あわてさせられたこともありました。しかし大筋は事前に予想したとおりの展開で進みました。もちろん最初に述べたように、これは単なる「勝者の思い上がり」かもしれません。繰り返しますが、それは歴史の判断にゆだねます。それでも、今のぼくは自分が大勢を見誤らなかったことに、大きな安堵を覚えています。

*1:われわれは多くの作業をGoogleグループ上ですすめましたが、最終的な決着が見られた段階でそのurlを公開したいと考えています。これを検証することで、国際提案にまつわる多くのことが得られるはずです