自分の持ち場を守ること


どうもご無沙汰をしております。前回エントリから1ヵ月以上ですか。この間、「もじもじカフェ」があったり(たくさんの方に足を運んでいただき、ありがとうございました)、明日にはいよいよ漢字小委員会で最終答申案が発表される予定だったりと、けっして書くネタに困るような状況ではなかったのですが、ここ1ヵ月はブログどころではなかったのが実情でした。

では、なにをやっていたかというと、仲間とともに以下のような文書を作っておりました。

ISO/IEC 10646を審議するWG2委員会への寄書。絵文字についてです。


昨年11月にGoogleが絵文字をUnicodeに収録する計画を発表しました。これは順調にすすみ、今年2月にUnicodeの最高議決機関UTCで可決、その後舞台をWG2にうつして審議の真っ最中です。これについてはCNET Japanで報告をつづけてきました。

上記の原稿でも書きましたが、現在の絵文字提案にはいささか問題があります。とくにそれは顔文字について著しいものがあります。Google案自体はそんなに大きな問題はなかったのですが、今年4月に開催されたWG2ダブリン会議で、アイルランドとドイツからグリフデザインその他を大きく変更することが共同提案されたのですね。これが大問題。これについては、直井靖さんの的確な指摘があります。

つまり顔文字は日本のマンガの影響をつよくうけて作られたのに、それを理解しないアイルランド・ドイツがデザインを変更してしまったため、文字の意味が変わってしまった。もしもそのままISO/IEC 10646に収録され、それがAppleiPhoneGoogleAndroidに実装された場合、日本の携帯電話の絵文字と情報交換すれば文字化けすることになります。困るのは私達日本のユーザーです。

他にも動物の絵文字のデザインが不統一だったりと現在の案に問題がないわけではありません。しかし最近の各国文書を読むかぎり、どうやらそれは修正される方向にあると言えそう。しかし、この顔文字については、マンガというWG2の委員諸氏はあまりご存知ない日本のポップカルチャーに由来するものだけに、このまま問題点が気づかれずに収録されてしまう危険性はかなり高いと判断しました。

Unicodeに入っている××文字は使えない。どうしてあんなバカな形で収録されてしまったのだ」。これはUnicodeISO/IEC 10646)に対する不満として、もっともありがちなもので、実際ぼくも今まで何回聞いてきたか分かりません。

そういうことを言う方は、たいていその文字の専門家です。ぼくはそれを聞きながら、少しばかりの違和感を感じずにはいられませんでした。「では、あなたはその文字の審議中、なにをやっていたのか?」

まあ、文字の専門家がすなわち文字コードの専門家ではありませんから、「なにをやっていたのだ」と言われても困るかもしれません。しかし、ぼくは違います。

個人的にはそれほど絵文字を使うわけではないので、絵文字がヘンな形で収録されたとしても、きっとそんなに困らないと思います。しかし絵文字の入ったメールを受け取ることはよくあるし、携帯電話以外、たとえばミクシィでも絵文字を使ったメッセージをよく見かけます。そんな状況の中、もしも絵文字が文字化けをしたら、確実に混乱はおこるでしょう。

この事態を把握したとき、ぼくが思ったのは「これは自分の持ち場ではないか」ということでした。たぶん世の中というものは、それぞれの人が、それぞれの持ち場をまもりながら、どうにかこうにか動いているのだと思います。その持ち場は大きなものだったり、小さなものだったりと様々でしょう。しかし、どんな人にもその人しか守れない持ち場というものがあるはずです。今回について言えば、絵文字とISO/IEC 10646の組み合わせが、ささやかなぼくの持ち場というわけです。

じつに幸運なことに、10月26日から開催されるWG会議は、他ならぬこの東京でおこなわれます。WG2にアプローチするタイミングとしては、これ以上ない絶好のチャンスと言えます。

それでも自分一人ではどうにもならないのも事実です。WG2の共通言語は英語で、翻訳ソフトが頼みの情けないぼくの英語力では、提案書一つ書くことはできません。また提案書を書いたあとの審議でも、アイルランド・ドイツを向こうに回して英語で議論しないとなりません。これも当然無理。さらにさらに、WG2に提案するには、その文字をフォント化して持っていく必要があります。これもぼくにはちょっと無理。

そこで何人かの友人に声をかけ、助力を乞いました。前出の直井靖さん(Mac OS Xの文字コード問題に関するメモ)、もろしげきさん(もろ式: 読書日記)、上地宏一さん(グリフウィキ)、それに川幡太一さん(漢字データベースプロジェクト)。

いずれも昼間の仕事が忙しい人達ですが、本当によくやってくださったと思います。心から御礼申し上げます。そんなわけで冒頭の文書はできました。本当は日本語の原文もWG2に送ろうと思っていたのですが、とてもそんな時間はなかった。しかし、なるべく早く日本語版を作成して、ひろく読んでもらおうと思っています。

じつは欧文組版がこれが初めてで、思うことも多かったのですが、それは後日機会を改めて。まあ、きれいな組版がむずかしいのは、英語も一緒であることを思い知りました。ウィドウ/オーファンが随所に炸裂しております。

ともあれ東京会議は来週月曜からはじまります。いずれそのご報告もしたいと思っています。