今年度の国語分科会/漢字小委員会の動き

そろそろ動きがあるだろうな思いつつ、暑さのせいかぼんやりしていたら、やはりとっくに動き始めておりました。国語分科会/漢字小委員会のことです。去る7月25日に、今年度初めての国語分科会並びに漢字小委員会が開催されておりました。


この機会にこれまでの審議の流れをまとめてみたいと思います。

すでにご存知の方も多いと思いますが、明治31(1898)年創設の国語調査会以来の伝統を誇る国語審議会は、省庁再編にともない2002年1月より文化審議会国語分科会に改称・再編されています。一般に審議会とは大臣から諮問されたテーマを審議するものですが、新装なった国語分科会に対して最初におこなわれた諮問が「これからの時代に求められる国語力について」です。このうち漢字については、前述の諮問につけられた「文部科学大臣諮問理由説明」のうち3-(2) が関係します。

(2) 第二に,これからの時代に求められる国語力についてであります。これからの時代に求められる分析力や論理的思考力,豊かな感性,幅広い知識・教養などの基盤として,どのような国語に関する知識・素養・能力が必要となるか,具体的な検討をお願いします。その際には,「読む・書く・聞く・話す」などの能力に関し,どの程度の力を身に付けていることが望ましいのかという,具体的な目安を示すことについても併せて御検討をお願いします。
また,例えば,ワープロなど情報機器の発達に伴い,手書きでは書けないが読めるといった類の文字が使われることが多くなっているなど,国語を取り巻く状況の変化も踏まえた御検討も併せてお願いします。


この諮問に対する答申が2005年2月に出されています。それが「これからの時代に求められる国語力について(文化審議会答申)」。ただし、情報機器云々については、「情報化の進展と国語」の節で多少触れられている程度で、上記に引用した諮問に対して十分に答えたようには読めません。これについては、国語分科会がこれからどのような課題に取り組むべきなのかをまとめた以下の文書で触れられています。


このうち、「第2 情報化時代に対応する漢字政策の在り方について」という部分がそれ。詳細は文書にあたっていただきたいのですが、ここでは「〈情報化時代に対応する漢字政策〉を検討するための基本方針」が定められています。これは概略以下の4点にまとめられるでしょう。

  • 社会一般に支持されるように努め、専門家の意見を参考にし、頻度調査だけでなく種々の調査をする必要がある。
  • 単なる漢字数の増減を論じるのでなく、日本の漢字をどうするのか総合的に検討する中で常用漢字表の見直しを議論すべき
  • JIS漢字の混乱や人名用漢字追加の問題は、これまで国語審議会で固有名詞について基本方針が出されてこなかったことも一因であり、これを考える必要がある。
  • 手書き文字を軽視せず、「日本の文化として絶対に捨ててはいけない」という方向で考えるべき。


この後、2005年3月に新たな諮問が出されます。それが文部科学大臣諮問(平成17年3月30日)。ここでは「敬語に関する具体的な指針の作成について」と並んで、前回答申で積み残された(?)問題が、「情報化時代に対応する漢字政策の在り方について」として、正面から諮問されています。とくに注目されるのは、この諮問理由の中で正式に「常用漢字表の見直し」という文言が盛り込まれたことで、ここにおいて1981年に内閣告示訓令されて以来、初めて常用漢字表が改訂に向けて舵をきったというわけです。ここで忘れてならないのは、あくまで情報化時代への対応の結果として常用漢字表の見直しがあるという基本スタンスでしょう。


この諮問をうけて編成されたのが漢字小委員会です。これは2005年9月から2007年1月まで、14回にわたって審議を重ねてきました。これをまとめたものが以下の文書。つまりこれは「新常用漢字表の決め方」を書いた文書なのです。*1

これも詳細は実際の文書をあたっていただきたいのですが、ここではいくつか目につくポイントを挙げていきましょう。*2

  • I-1-(2) 漢字政策の定期的な見直し(p.1)

これは興味深い。新常用漢字表ができた以降も、変化の激しい時代にそなえて定期的な見直しの必要があることを指摘しています。

  • I-2-(3) 固有名詞についての考え方

ここで〈固有名詞用の漢字表を作成するのは困難〉としています。具体的に「この字を固有名詞として使ってよい」というようには示せない。その代わり、これを使うにあたって基本的な考え方を、新常用漢字表の中で示すべきだとしている。ここで注目されるのは、固有名詞の漢字字体を「一般の漢字使用」と「個人の漢字使用」というように、位相ごとに使い分けることを提唱している点。これは目新しい。たとえば上が土の「土吉」の字体は個人の漢字使用にとどめ、公共性の高い一般の文書などではより多く使われる上が士の「士吉」にしよう、といった考え方です。これはじつは伝統的な漢字観に回帰するものと言えます。これにより現在のような特定の字体にこだわる偏った漢字観を変えることが期待されます。かつての文人は自分の名前にさまざまな字体を使い分けましたし、違う字体で自分の名が書かれることに異を唱えませんでした。とはいえ、特定の字体にこだわる見方をもたらしたのが他ならぬ当用漢字字体表であることを考えれば、すこし複雑な心境ではありますが。*3

これはもしも新常用漢字表の字数が多くなった場合、すこしランクを下げた、いわば「第2常用漢字表」を設け、そこに入れてもよいのではないかという考え方*4。ではその「ランクを下げた」というのは何かというのが次項。

  • II-3-(2) 「A: 読めるだけでいい漢字」と「B: 読めて書ける漢字」についての考え方

漢字習得とは(1)読める、(2)分かる、(3)書けるの3要素がそろってはじめて成立する。しかし新常用漢字表では、この3要素が全部なければダメということでなく、(1)と(2)の条件だけを満たすものも入れても良いのではないかという考え方。つまり収録する全ての漢字について「習得」まで求めない。漢字を「使う」というだけなら、(1)と(2)だけでも使えるし、そのような漢字の中にもよく使う、あるいはよく目にする漢字はある。そうした漢字も拾っていきましょうということ。

  • II-3-(3) 字種の選定

これが最も注目される項目。基本的には頻度の高い漢字3,000〜3,500字程度の集合を作り、そこから絞り込んでいく。これにあたって、以下の(1) を基本として、(2)以下の項目について配慮、総合的に勘案して選定する。

    • (1) 教育漢字など旧来の属性*5はいったん無視し、とにかく日常生活でよく使われ漢字を頻度調査で機械的に選ぶ
    • (2) 固有名詞専用漢字として今まで外されてきた「阪」「岡」等も頻度が高いなら排除しない
    • (3) たとえ頻度が低くても〈日本人として読めなければいけない漢字〉は拾う(審議では歌舞伎の「伎」が挙例されていた)
    • (4) 漢字習得の観点から漢字の構成要素(偏旁)を知るための基本となる漢字も選定する


さて、ここまでが昨年度の話です。ここからがようやく今年度。まず実際に改訂を審議するメンバーをチェックしましょう。
(五十音順。●は再任)


前年度までの委員が10人だったのが、今年度から5人増員されて15人になっています。とくに目を引くのがJIS X 0213原案作成委員会でも委員を務めた笹原氏が就任していること。これは拍手をおくりたい。大変楽しみ。新任7人のうち2人が学校関係者で、再任の松村氏と合わせれば計3人、全体の5分の1となります。OBもふくめればすこし教育関係者の比率が高いような気もする。前記II-3-(3) 字種の選定の(1)は、教育関係者からの圧力(教育現場からすれば現在の1,945字からなるべく増やしたくない)を排除するのが眼目と個人的には受け止めたけれど、この比率が今後どのように作用するか見物ではあります。

この回は傍聴していないのでうっかりしたことは言えないけれど、前年度の主査である前田氏、副主査である林氏が留任していることを考えれば、両氏がそのまま主査、副主査に留まったのではないかな。

気になる今後の日程は同日おこなわれた国語分科会の方の配布資料「今期文化審議会国語分科会における審議スケジュール」(PDF)で分かる。これによれば次回は9月中旬の開催となっています。これは忘れずに行くつもり。おそらくこのメンバーで答申まで持っていくのでしょう(来年度?)。ここまで縷々書き記してきましたが、この度の見直しを一言でいうならば「今までをチャラにする見直し」と言えないでしょうか。ならば刮目とはこの審議のためにある言葉と思いませんか?

*1:なお、この文書は2005年1月15日に開催された第34回文化審議会国語分科会にて配布されたものですが、該当ページの「配布資料」の欄にある「資料3 文化審議会国語分科会の議事の公開について(案)(PDF形式(228KB))」という誤った文書名にリンクされています。おそらく以前のHTMLを流用したゆえのケアレスミスでしょうが、その重要性を鑑みれば一刻も早く訂正すべきでしょう。

*2:なお、(案)のとれた正式な文書が、「国語分科会漢字小委員会における今期の審議について(平成19年2月2日)」(PDF)として第15回漢字小委員会で配布されています。ざっと見たところタイトルとヘッダを変えただけのように見えますが、変更点を見つけた方はぜひお教えを。

*3:つまり60年がかりのマッチポンプって訳ですね。

*4:ふふふ、するってーと今の表外漢字字体表はどーなるのかなー? これが有名無実になって、さらに準常用漢字にも漏れた「印刷標準字体」が出現したら……? またJIS X 0213を改正するのかなー?

*5:もちろんこれには現在の人名用漢字はもちろん、表外漢字字体表なども入ってくるわけです。