この頃の花火って本当にすごい

ogwata2007-08-18


世田谷区たまがわ花火大会に行ってきました。新聞の購読者サービスのおかげで、打ち上げ地点間近のシート席に当選したもので。これでも10年ほど前は隅田川の近くに友達が住んでいたこともあって、毎年夏になると花火大会を楽しんでいたものですが、最近はとんと御無沙汰でした。



打ち上げ地点とは200メートルほどしか離れていないから、まさに指呼の間です。この距離だと打ち上げ音が物理的に体感できます。ドンと体に響く。視野いっぱいに花火が拡がり、ひょっとすると燃えさしがここまで降ってくるのか思いました。もちろんそんなことはありませんでしたが。

これまでぼくは、花火というものは程よく距離をおいて見た方が良いと思っていたのです。そうですね、打ち上げの音とか観客の歓声が少し聞こえるくらいの距離で、しかもマンションなどの、ある程度全体が見渡せる場所がベストだと。あまり近くだと余裕がなくていけない。一度など屋形船の上で見たことがありますが、たしかに迫力はありましたが、首が痛くなるばかりでどうも具合が良くありませんでした。

しかし今日からは考えを改めます。それはもう昔の話であって、現代の技術の粋をこらした花火においては、正規の観客席、それもなるべく打ち上げ地点に近い方が堪能できるのではないか。

もしかしたら、まめに花火を見ている人には今更と笑われるかもしれません。たとえば花火が歌と見事にシンクロするのです。『どんな色が好き』という童謡、子供を持った人なら一度は耳にしたことがあるでしょう。会場に冒頭の問いかけのフレーズ「どんな色が好き?」が流れた瞬間、あたかもそれに応えるがごとくパアンと花火が拡がる。真っ赤な尺玉。すると待っていたかのように「赤!」と子供たちの歌声がつづく。以降「赤い色が好き、一番先になくなるよ、赤いクレヨン」と歌われる中で、次々とリズムよく赤い花火が打ち上げられる。そしてもちろん二番は青、三番は緑とつづいていくわけです。ここでは見事に歌と花火が同調しており、花火だけ、あるいは歌だけでは成し得ない表現が成立している。花火の製作者のセンスに驚き、素直に感動しました。

さらに、今の花火は線画を再現できるところまで来ているんですね。いや知らなかった。ウサギだとかイチゴやスイカ、それから虹とか、丸に五芒星なんてのもあったな。本来二次元のものを、三次元である空中で再現するのだから、当然花火の製作者の意図通りに見るには視角が限られる道理です。となれば想定されたベストのポジション、つまり観客席で見なければいけないことになります。同様に前述の歌とのシンクロの例でも、歌がよく聞こえる場所でなければこの表現は十分に受け取れません。

もちろん離れた場所で見ても面白いでしょう。実際10キロほど離れた自宅で見ていた奥さん(仕事中)も、線画の再現には驚いていましたから。しかしぼくは思ったのです、技術を先鋭化していった結果、製作者の意図が完全に伝わるポジションが狭くなっている。もはやどんな距離からも楽しめるような玉の大きさや色、音に感嘆する時代は過ぎてしまいました。すこし哀しい話ではありますが、しかしそれと引き替えに我々はより高度の表現を堪能できるようになった。

現代の日本の花火は、あたかもバロック建築のようではありませんか、あの過剰な装飾がいくところまでいってしまったベルサイユ宮殿のような。こんな高度なものが、一瞬の後には消えて何も残らないのです。痺れるほど贅沢な話です。