常用漢字表の1字種1字体原則について

前日のエントリーについて、さる方から面白い指摘をいただいた。狩野さんや川俣さんからいただいたコメントへの回答にもなるので、これを引用しつつ書こうと思ったら「ご内聞に」とのお達し。そこでぼくが理解する限り、自分の言葉でまとめてみることにしよう。


まず考えなければならないのは、常用漢字表がなぜ1字種1字体を原則としているのかということです。これは常用漢字表の基本的な性格に関わる。つまりこれは、単に漢字を集めた漢字表などではなく、「一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安」(前書き 1)、つまりここにある漢字を使えばごく普通に使う現代日本語は表記できるように作られたということに留意すべき。

すなわちまず「日本語基本語彙」というようなものを措定し、これを表記するための漢字表を作ったわけです。この観点からすると、常用漢字表だけでなく、その前身にあたる当用漢字表、いやそのさらに前身の標準漢字表(1942年)が目的とした「漢字整理」とは、じつは「語彙整理」に他ならないことになります。こうした背景から出てきたのが「1字種=1字体」というわけなのです。

常用漢字表は1.945字、JIS X 0208は6,879文字という具合に、私などはついつい漢字を入替可能な集合の要素として見てしまうけれど、本来歴史的にも言語学的にも、まずこれは形音義をもつ「語」なのであります。語であるということは、別の漢字と結びついてまた別の語を形成するし、結びつく漢字が変われば、また語義が変わるわけです。つまり、漢字1字だけを見ても何も整理ができない。語彙を整理することで漢字を整理するという発想は、おそらくこうした表語文字の本質からきたものでしょう。

「字種」という言葉は、伝統的に「基本語彙であって、かつ漢字表記可能な語」という了解があったそうです。であるならば、ここには固有名詞は入るわけがありません。1字種1字体の原則があるからといって、「大坂府」「愛姫県」「崎玉県」にはならないというのは、このような理由からなのです*1

以上、自分でも理解が十分こなれてないゆえに、どうにも分かりづらく、かつ怪しげな点が多いのはお許しください。ぼく自身も資料的に検証してみたいと思っています。「日本語基本語彙」としては、『分類語彙表』(国語研究所 1964年)があるとのこと。これは古本屋でじゅうぶん入手可能ですね。さっそく手配しました。

*1:ただし、前日書いたように、「固有名詞専門の漢字」というものはあまりないことは考慮すべきです。つまり「入らない」といっても「入ってしまう」。たとえば「新潟」の「潟」は表内字です。このように、どうしたってきれいには割り切れないのが漢字です