第8回漢字小委員会に行ってみた

1日経ったというのに敗戦のショックもさめやらぬ今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。気を取り直して参りましょう、明けない夜はないのだし。さて、本日朝10時から開催された第8回漢字小委員会の傍聴に行って参りました。



まずこの委員会のミッションは以下のような大臣諮問に答えるもの。


  情報化時代に対応する漢字政策の在り方について
  (16庁文第257号平成17年諮問第15号)


つまり最初に新常用漢字表ありきではなく、上記の諮問に答える具体的方法として、新常用漢字表があり得ると言うことだろう。そこで小委員会では「新常用漢字表は必要か否か」を論議してきたが、現在のところ、これについては全員が必要であろうという認識に達しているようだ。

さらに、上記諮問では漢字政策全体の枠組みの再構築を問われていることに注意すべきだろう。これまでもこれからも漢字政策の中心が常用漢字表であることは間違いないにせよ、単に文字数を増やして改訂してお終いということでなく、位置づけや示し方その他、包括的に見直していこう、ということのようだ(このあたりのことは「国語分科会で今後取り組むべき課題について」を参照)。

その具体的な論点として、この数回集中的に議論されているのが固有名詞の扱いだ。ご存知の方も多いと思うが、常用漢字表のみならず、これまで国語施策として示されてきた漢字表は、すべて固有名詞を適用範囲外としてきた。


  この表は、固有名詞を対象とするものではない。(常用漢字表、前書き)


たとえば常用漢字表でも都道府県名に使われる漢字のうち「阪」「奈」「岡」「阜」「栃」「茨」「埼」「梨」「媛」「鹿」「熊」の11字が収録されてない。ただし、これらのうち「奈、梨、媛、鹿、熊」は人名用漢字に入っており、残りの「阪、岡、阜、栃、茨、埼」も表外漢字字体表に収録された。しかし常用漢字表にはないわけだ。

もっとも、これらの使用頻度は非常に高く、常用漢字表に入っていないことの矛盾は明らかだ。ところがこれらを入れると「では市町村名は」という疑問が出てしまう。どこで線引きすればいいのか、話は単純ではない。またそもそも固有名詞用の漢字と、一般に使われる漢字も単純に線引きできるものではない。

このように線引きのむずかしさゆえに、これまで範囲外とされてきた固有名詞の漢字だが、この機会に再考しようと議論している。これに関連して出てきた問題点が、常用漢字表がもつ「1字種=1字体」という根幹に関わる基本原則をどうするかということ。「阪」は常用漢字表の「坂」の異体字だし、「岡」は同様に「丘」の「埼」は同様に「崎」の異体字だ。もしこれらを単純に新常用漢字表に収録すれば、1字種=1字体でなくなってしまう。

こうした問題点に対し、これといった有効策は会議では出ず、むしろそのむずかしさを指摘するもののみが目立った。ただ、常用漢字表とは別に第2漢字表のようなものを作り、そこで示すという案が出されてはいる。しかし、新聞協会の委員のように1字種=1字体の原則にこだわる委員もいて、まだまだ一致点を見出すところまでいっていないのが現実だ。


このように、おおむね作業のむずかしさを再確認するだけで委員会は終わった。次回は7月10日(月曜日)、場所は三菱ビル コンファレンススクエアM1。時間は今回同様に午前10時〜12時。議題は今回の固有名詞の件を継続しておこなう。

さて、会議の後、すこしだけ氏原主任国語調査官にお話を伺った。まずこの委員会の位置づけだが、小委員会という名称から単なる作業部会なのかと思っていたが、そうではなく実質的な新常用漢字の原案作成作業はこの委員会で行うそうだ。また、今回の議論でも分かるとおり、今年度に作業が終了と言うことでなく、まだまだ先は長いと思って良いようだ。それからこの委員会は単年度制であり、来年度はまた別のメンバーで審議する。

※追記

文中、「岡」を「丘」の異体字と書いたが、これに対して豊島正之さんから、

> 「岡」を「丘」の異体字とは普通は言わないと思います。音も違いますし、用法
> も違います。両者は、おなじ和語「おか」を指示するのに用いる漢字である、と
> いうだけの「同訓字」で、同訓字の中の「同訓異義」に相当するかと思われます。


というご指摘をいただいた。まったくその通りで、ぼくの間違いだ。実際委員会の席上でも上記のような言及はなされていない。なされたのは「埼玉」の「埼」の字についてであった。ご指摘を感謝し、以下のように訂正します。

「岡」は同様に「丘」の異体字だ。

「埼」は同様に「崎」の異体字だ。