シフトJISを発明したのは誰か?(2)

まったく年の瀬も押し迫ったというのに、こんなに面白い話題が出てくると他のことが手につかなくなっちゃう。というわけで、ここでちょっと落ち着いて古川さんの証言を検討してみたいと思う。


シンクロニシティということはあるもので、この話題が出る数日前、驚いたことに安岡さんが自身の日記で、シフトJISの誕生について書いていた。


シフトJISの誕生


それで「古川さんが、これについて詳しいことを書いてますよ」と僕がコメントした。それに対する安岡さんの答えがこちら。


Re:古川享さんがシフトJIS誕生について書いています


安岡さんは、山下良蔵説について、「すごく気になってるんですけど、どうやってもウラが取れない」とおっしゃっている。一方、マイクロソフトウェア・アソシエイツの方は具体的な資料が残っていて、ウラがとれると。たとえば、『漢字CP/Mのコード体系』とかね(手書きなんですよ、この論文。こういう貴重な資料が読めることを、情報処理学会に感謝したい)。だから、現時点ではこちらに軍配をあげているということだ。


この安岡さんの立場、じつはすごくよく分かるところがある。以下に書くことは、古川さんの証言を疑問視するものでは決してなく、むしろ今後を期待するものとして読んで欲しいのだが、じつは古川さんの証言には、人の記憶の常として5W1Hの「いつ」が抜けているのだ。つまり、シアトルのマイクロソフト本社の廊下に256のマス目を貼りだしたのは、いったいいつのことだったのかが分からない。とはいえ、少し調べると大ざっぱには分かってくる。それは以下の部分。

その当時が、非常に微妙な時期であったのは、IBMPC の発表前であったものの、IBM5550への開発へ向けて従来のEBCIDIC漢字でも無い、JIS漢字でも無い漢字コードをIBMの大和開発部門に提案しなければならない時期でした。


IBM PCの発売前」というのは、おそらくこれは1984年のIBM PC/ATの記憶違いだと思えるが(IBM PCは1981年発売)、ここでカギになるのは、「その時期」=マイクロソフトの廊下にマス目を貼りだした時が、IBM5550の発売の前であるということ。日本IBM*1自身の記述によればマルチステーション5550は1983年の発売だ(発売月について日本IBMは書いてないが、ウェブ上の記述は前半を採るものばかり)。一方、マイクロソフトウェア・アソシエイツ説の根拠の一つである長谷川・岡崎論文『漢字CP/Mのコード体系』の発表は、1983年3月発行(奥付なので、実際の日付とずれている可能性が高いことに注意)。


ということは、古川証言にある『その時期」は、この長谷川・岡崎論文よりも前という可能性が高いことになる。もちろん、本当にそうだからと言って、べつに古川証言の方に軍配があげられるというわけじゃない。ただ、その蓋然性は少し高まるというだけの話。となれば、古川証言の裏取りが待たれることになる。それは誰がやるんだって? おれが? そうなるかなあ、やっぱり……。


ともあれ、シフトJISの発明者について、少なくともだいぶ議論が絞られてきたように思えるが、どうだろうか。

*1:本当は「日本アイ・ビー・エム」なんだがね、長いっつーの。