紙と色を決めよう

巻ごとに色の組み合わせを決めた


前回はデザインのおおまかな骨格が固まり、著者、版元へのプレゼンが終わったところまでだった。これが7月の時点。


当初、版元から言われていた日程は、カバーのイラスト発注が9月いっぱい(ラフなデザインがここで完成)、カバー入稿が10月中旬、そして発売が11月18日の予定だった。もちろん、これはゆるゆるの予定で、版元もふくめ誰もこの通りいくとは思っていない。とはいえデザインの素人である私に、ギリギリまで作業にとりかからないというような野太い心臓があるわけがなく、9月に入ったあたりから不安になって作業に取りかかり始めた。


デザインの前提

さて、この本のデザインをするにあたり、いくつか前提となる条件というか枠があった。

  1. A5版、並製、本文160ページ前後
  2. 少なくとも2巻、多ければ5巻以上になるシリーズである
  3. 定価は高くても800円


このうち、2. が大きい。つまり、1冊デザインすれば終わりということではなく、最初から何巻分かが書店の棚に並んだ状態をイメージしてデザインをしなければならないということ。まあ、はじめに数巻分をまとめて考えておき、2巻目以降はその方針に従ってやるだけという言い方もできますが。

紙の選定

デザインの了承が得られたら、次にやることは紙、色数など、印刷仕様の決定だ。これにより制作費が固まり、版元は損益分岐点が計算可能になる(逆に言えばデザイナーがこれを決定しないと、版元はコストが出せない)。このうち、紙代は制作費の中で占める割合が比較的多く、これによって定価がバカ高くもなり、えらい安くもなる。安くすませようと思えばコート紙とPP加工(表面を薄いビニール膜で覆う加工法)だ。


だけど、この方法はあまりにありふれており、書棚の中に埋没してしまう。人に「おや?」と思ってもらい、実際に手にとってもらうには、うんと目立たないといけない。そのためには特殊紙を効果的に使うのが一番だ。ただし、その代わり特殊紙を使うとコストが高くなる。デザイナーは、まずここで悩むことになる。


もっとも、私はどうせデザインをやるなら特殊紙でやりたいと最初から思っていた。だから、問題はコストの枠内でいかに安く効果的な特殊紙を選ぶかだ。ただし書籍編集の現場を離れて久しい私には、紙の知識に自信がない。

紙の値段

こんな時に頼れるものは友達だ。旧知のデザイナーS君の事務所をたずね、最近の紙や印刷事情を聞き、いくつか実際的なアドバイスをもらった。とくにありがたかったのは、1997年『デザインの現場』に掲載されたという特殊紙の価格表「ファインペーパープライススケール」を複写してもらったことだ。これにより、値段の目安をつけながら紙の候補を絞り込むことが出来た。ありがとうS君!


次にS君に教えてもらった竹尾のショウルーム「青山見本帖」に行って、件の価格表で比較的安いもののうち、使えそうな紙見本をしめて7,000円分ほど購入(初期投資としては仕方ないが高い……)。それから竹尾が出している最新版の価格表をいただく(同様のものは竹尾のウェブページにもあるが、やはり紙の一覧表の方が閲覧性に優れる。また竹尾のスタッフによれば、紙の方が指標も細かいとのこと)。


以前はデザイナーにとって紙の値段というのはブラックボックスだった。何度も版元に見積もりをとってもらいながら、聞いた値段を蓄積していくしか方法がなかった。値段も分からずに紙を決めるのは闇の中を手探りで捜し物をすると同じで、今はこういう便利なものが公開されていて、本当にいい時代になったものだと思う。


そうする中で、NTラシャヴァンヌーボVG、そしてヴァンヌーボの廉価版、アラベールの3種類に絞り込んでいく(値段も高い方からこの順番)。紙自体の色の種類があるのはNTラシャだし、特色の発色の良さではヴァンヌーボ以上のものはない(この時点でプロセスカラーではなく特色だけで刷ることにしていた)。

色の選定

そろそろこのあたりで色のことも決めなければならない。決めるのはカバーと帯の色だ。どちらも同系色とし、帯を濃色、カバーを淡色ということにする。ちょうどバランス良く色が揃っているNTラシャを基準に、ここから赤、青、黄、緑の各色を選び出し、これをカバーの色とする。そしてその色からわずかに濃い色をDICのカラーガイドから選び、これを帯の色とする。そしてこれらを紙に貼っていく。そこからさらに、既定の組み合わせを基準に少しずつ薄いパターン、濃いパターンを選び出していく。


ここでNTラシャを基準に色を選ぶというのがミソで、もしも最初からDICのカラーガイドで選んだら、色数がありすぎて素人である私には絞り込めなかっただろう。NTラシャはいくら紙としては色が豊富とはいえ、DICに比べればたかがしれているから、私などにはかえって好都合。


もちろんDICの中にはNTラシャと同じような色はすでに含まれているから、NTラシャを基準に色を決めたからといって、この紙にしなければならないということではない。これはあくまで色を決めるための物差しにすぎないわけ。


こうして都合8〜10パターン程度の色の組み合わせが決まった。これが写真のもの。ここで心がけたのは、彩度と明度の両方が高い色にすること。つまりなるべく明るく濁りがなく、ヌケの良い、気持ちが良い色の組み合わせだ。なるべく店頭で目立ち、手に取りやすいものになることを狙った。


そして、こういう単純で勢いのある色は、私の中で「みつえ日記」という作品をイメージした場合の色でもある。なにを決めるにしても、作品の解釈から外れてはいけない。これが商業美術であるブックデザインの原則。

ようやく決定

じつは、いくら竹尾の値段表があるといっても、これは目安に過ぎない。実際は出版社ごとにこまかく仕入れ値は変わる。たぶんそれは社外秘なのだろう。だから、ここで具体的な値段は書かない。刷り部数も同様の理由で書かないでおく。版元に何種類も見積を出してもらった挙げ句、以下にきめた。


  ・カバー……アラベールスノーホワイト/四六Y目130kg(特色5色)
  ・帯……アラベールスノーホワイト/四六Y目160kg(特色3色)


本当のところは、この本の刷り部数からすればNTラシャでも大丈夫だった。しかし、繰り返すけれどこの本は何巻も出す予定なのだ。だけど11月10日の「著作権者がブックデザインをする意味」で書いたように、刷り部数は巻を経るごとに減っていくのが普通。最初の1巻目でギリギリの制作費で作ってしまうと息切れしてしまう。なるべく安くしておくに越したことはない。


ここまでを9月いっぱいまでかけて決めていった。ああ! 入稿まで残るところ2週間じゃないか!!