大正15年の漢語整理案に障碍→障害の言い換えがあった


ある方からのお知らせで、「 障碍→障害」の言い換えが、戦前の臨時国語審議会による「漢語整理案」にあることを知りました。

これについて調べてみました。


「漢語整理案」は官報附録雑報において、大正15年7月〜昭和3年12月の15回にわたり掲載されたものです。その目的を冒頭で以下のように言っています。

本案は常用漢字の官行を円滑ならしめ、ひいては国語の健全なる発達を促さんがため、常用漢字と仮名を用いて文章を書き綴り得るよう漢語を整理したものである。(後略)

「障碍(礙)→障害」が「漢語整理案の三」(大正15年12月15日(4294号)にあります。


「漢語整理案」は後に五十音順に配列し直した資料が(図書館などで探せば)入手可能ですが、他ならぬ漢字小委員会で第17回で初出資料が配付されていました。

この資料が配付されたいきさつは、第16回議事録の以下の部分で分かります。

○杉戸委員
 一つ教えていただきたいのですが,今日の資料2の「1当用漢字表以前の漢字表等」で,「(3)漢語整理案」というものが紹介されています。これが「上記1の実施に伴う措置として,」とありますから,つまり,大正12年常用漢字表を1,962字に絞った時に,その1,962字に絞ったことによって書き表すことができなくなる語はこういうものであるという範囲が,きっと見えていたわけですね。それを「昭和3年まで15回に分けて発表」ということですが,このデータは,何かしらの資料で,今見ることができるようになっているのでしょうか。どこかの図書館に行けば,当時の臨時国語調査会の資料が集成されたものがあって,そういうので,簡単に見られるということはあるでしょうか。

○氏原主任国語調査官
 簡単には見られないと思います。これは当時の「官報附録雑報」に発表されたもので,その時の『法令全書』にも入っていないものです。

○杉戸委員
 どれくらいの語が言い換えとして示されているのか興味のあるところです。「当用漢字表」から「常用漢字表」に変わる時も,何かこういうものが書きたいから漢字を増やすのだという,語のレベルの,単語のレベルの検討がされた部分があるわけですね。これも,やはり,大正12年の「常用漢字表」で漢字を制限すると,単語の世界,語の世界に影響が及ぶということが非常に審議に意識されていた,その結果が後を追い掛けるようにして昭和3年まで15回に分けて発表された,それは難しい漢語の言い換えにつながっているわけですね。

○氏原主任国語調査官
 はい,そうです。

○杉戸委員
 これは割に重要なことだと私は思うのです。漢字表を考える上で,文字の単位でなくて語の単位を考える必要があるというのは,この委員会でも,昨年から続いて出てきているわけですが,そういう話につながる話だろうと思うんです。先ほどの説明を伺いながら,非常にたくさんの単語が,この「(3)漢語整理案」に示されたものかどうかというようなことをちょっと考えました。説明の中では(3)には触れられなかったものですから,審議の一つの側面として非常に重要なことかと思って質問をしました。

○氏原主任国語調査官
 必要であれば次回に資料として提出したいと思います。今日はここまでの話はかえって分かりにくくなるので省略した部分なんですね。語の数としては八百数十ということで,そんなに多くありません。
それに関連して申し上げると,大正12年の「常用漢字表」は,同年の5月9日に臨時国語調査会から発表され,9月1日から新聞各社が実施することになっていたわけです。ところが,関東大震災でその実施が遅れるわけです。けれども,1年10か月後ぐらい,約2年後から実施されるのですけれども,結局新聞なんかでも言い換えの問題というのは非常に大きな問題になるわけです。漢字表の範囲の中で新聞を表記していこうと思うと,どうしてもこういう問題となる語が出てくるのですね。そういったことも同時に起こっていて,その中で臨時国語調査会として,どう考えていくのかということで発表された資料がこの漢語整理案です。そういう性格の資料ですので,やはりどういった語があったのかを実際に見ていただくために,次回の漢字小委員会に,お出しすることにします。

これを受けて第17回で参照資料として配付されました*1。もっとも、審議の方では、同時に配布された国語世論調査が注目されてか、ほとんど言及がないようです*2

それはともかく、この「漢語整理案」は読むと非常に興味深い資料です。今では慣用されている言い換え(制馭→制御、保姆→保母、恢復→回復)もあれば、されなかったもの(拇印→爪印、所詮→つまるところ)もある。

なにより後の「「同音の漢字による書きかえ」について(報告)」との比較で言うと、この漢語整理案では別の漢語に言い換えるだけでなく、和語に言い換える例も多いようです。なかには「閃光→ひらめき・スパーク」のように外来語に言い換えている例すらあります。

また、「教唆」を「そそのかす」に言い換えていますが、これでは法律は対応しづらかったかもしれない。漢語は漢語で言い換えた方が、かえって簡単に置き換えられ普及する可能性が高いのではないか。この「漢語整理案」を通じて、そのような教訓をえたのかなあ、などと考えました。まったく確証のない想像にすぎませんが。

また、「楷書→かい書、結核→結かく、骨董→骨とう」のように交ぜ書きを掲載していることも注目すべき点です。

以上、雑駁ですがご報告まで。

*1:これについては、当時本ブログでもちょっとだけ触れています。漢字小委員会(第17回)

*2:余談ですが、じつはこの回は、それまでの方針が一転して準常用漢字表が事実上廃棄された、ある意味で画期をなす回であるのですね。