INTERNET Watchの連載、第5回まで配信

いささか旧聞に属しますが、先週の金曜日に第3部第5回が配信され、これにて3回にわけて掲載されるうちの1回分が無事に配信されました。つぎは1週おいて11月10日からはじまる週のどこかで6〜9回が配信される予定です。

第1〜5回まではおもに事実関係を提出することで終始しましたが、第6回からは本格的に考察をくわえていきます。たとえば『議員氏名の正確な表記』における「書かれた字のとおり」という規範が、どのような悪影響を社会に与えうるのか、あるいはこうした氏名表記にみられる現象はどのように位置づけられるのか、そして第2部で述べたUnicode正規化やRFC標準との比較から、こうした現象をどのように考えるべきかを論じます。

ところでこの原稿は常用漢字表の改訂を主題としていますが、元来常用漢字表は固有名詞を適用範囲外としています。なのになぜ『議員氏名の正確な表記』のような固有名詞表をここで持ち出すのか、違和感を持たれる方も多いと思いますので、これについて補足します。

たとえば人名用漢字許容字体を定めた『戸籍法施行規則第六十条の取り扱いに関する民事行政審議会答申』(1981年5月)をみると、以下のような記述があります。

2 出生届書等に記載する字体と戸籍に記載する字体の関係について
 戸籍法第五十条第一項は、「子の名には常用平易な文字を文字を用いなければならない。」と規定している。(中略)
 ところで、戸籍の届書は、通常、手書きされるのに対し、戸籍の記載は、通常、タイプライターによることが多い。そこで届書の手書きの字体と記載の活字の字体をどう対応させるかが問題になる。その他、届書と記載の双方ともに手書きである場合、又はともにタイプライターによる場合にも、同様の問題がある。
 これらについて、種々検討した結果としては、常用漢字表に付せられた「字体についての解説」に記載された考え方によるべきであるとすることに、異論はなかった。
(同答申、pp.15-16)

つまり手書きで提出された出生届を、どのような活字の字体で戸籍に記載すべきかという指針には、常用漢字表付録「字体についての解説」を使うことに衆議一決したということです。

この他にも、『戸籍』第434号(全国連合戸籍事務協議会編、1981年)によれば、自治体で戸籍事務を扱う実務家達の全国総会、第33回全国連合戸籍事務協議会総会において、以下のような疑問が提出され討議されています。

九 昭和四十八年一月法務省民事局作製の誤字・俗字一覧表によると筆写体の「令」は誤字又は俗字と認定され、従つて申出によらないと活字体の「令」には訂正できない取扱いであるが、当用漢字字体表(昭和二十四年四月二八日内閣告示第一号)のまえがき「使用上の注意事項」二項の趣旨から考えて同一文字と解されるので、筆写体で戸籍に記載されている「令」については、直ちに活字体の「令」により移記できるよう要望する。

この議論の内容自体が興味深いものですが、ひとまずここでは措くとして、この記述により戸籍窓口の担当者達は、後に常用漢字表「字体についての解説」となる当用漢字字体表「使用上の注意事項」に基づいて字体判定をおこなっていることが分かります。

このように戸籍窓口の現場において、本来固有名詞を適用範囲外とするはずの常用漢字表に基づくことが行われてきた歴史的経緯があります。そもそも常用漢字表が固有名詞を適用範囲外とすることは、直接的には以下の条項によります。

3 この表は,固有名詞を対象とするものではない。
常用漢字表 前書き)

ただし同じ前書きの冒頭では以下のように規定されています。

1 この表は,法令,公用文書,新聞,雑誌,放送など,一般の社会生活において,現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すものである。
常用漢字表 前書き)

常用漢字表を運用するに当たり、たとえ〈法令,公用文書,新聞,雑誌,放送など〉以外の分野であっても、それが〈一般の社会生活〉で使われるものであるならば、付録「字体についての解説」を参照することに何ら差し障りはないと考えるべきではないでしょうか。そして〈可能な限り多くの方が衆議院ホームページから必要な情報を入手できるようウェブサイトのアクセスビリティを向上する必要があると考えて〉*1いるという衆議院のウェブページこそは、〈一般の社会生活〉で参照されるべきものであるはずです。

折りから今回の答申においては、固有名詞の問題に踏み込むことが上位組織の国語分科会により決定されています*2。固有名詞にひそむ社会的弊害について対処することは、まさに国語施策の本来の役割と思います。その意味からも第3部としてこの問題に対して提起をすることは、まことに時宜を得たことではないかと愚考する次第です。


※追記
常用漢字表が固有名詞を適用範囲外とする根拠について、当初は前書き1のみを挙げておりましたが、正しくは3で明確に「固有名詞を対象とするものではない」とあります。この点について修整を加えたことをお断りします。論旨に変更はありません。