「闇」の異体が2つ素案に入っている件


早く戦前の人たちが書いていた字体の話に戻りたいんですが、やはり旬の話題から片づけるべきでしょう。期せずして直井靖さんと當山日出夫さんのブログで、同じことが指摘されていますね。先日発表された新常用漢字の素案に「闇」が2つ入っている問題。

2つというのは門構えの中の「音」の第一画が、横画か、縦画かという違いです。以下のように。



さすがのAdobe-Japan1-6ですら表現できない、字体差と言うより明白なデザイン差/字形差です。こんな微少な違いがわざわざ区別されているって、どういうこと!? この素案はどんなポリシーで作られたわけ? そんな不信感をもつ人もいるのではないでしょうか。


結論からいうと、ぼくにも分かりません。ただし、どうしてこういうことが起きたのか、およそのことは説明できます。もちろん文化庁でも委員でもない身ですから、間違っているかもしれないし、見落としていることもあるはず。あまり信用しすぎないで読んでください。


まず、素案がどのように作られたかを説明してみます。基本的な方針として、最初に機械的な頻度だけで3,000〜3,500字程度の集合を作成、そこから絞り込んでいくという手順を踏むことが合意されています。現在は、現行の常用漢字表(1,945字)から抜く候補の6字、そして常用漢字表に追加する候補の220字が示された段階です。ここまで合算すると、 (1,945-6)+220=2,159字。つまり、3,000〜3,500字程度から、ここまで絞ったということ。


では、追加候補の220字は、どのように絞られたか。まず第20回漢字小委員会(1月9日)で配布された、以下の資料を見てください*1


これは『漢字出現頻度数調査(3)』の頻度数3,500位以内の字を挙げて、候補漢字S、同A、同Bの三つに分類したリストです。この三つの違いは以下のとおり。

  • 候補漢字s……基本的に新漢字表に加える方向で考える
  • 候補漢字A……基本的に残す方向で考えるが、不要なものは落とす
  • 候補漢字B……とくに必要な漢字だけを拾う


上記のS、A、Bの三つからワーキンググループが1字ずつ検討、更に絞り込んだのが先日発表された素案の220字というわけです。


というところで直井さん、當山さんの疑問に戻ります。なぜ「闇」が2つあるのか。この手がかりも上記PDFにあります。2ページ目の下部、「*は字形の異なり(筆押さえの有無等)を示す。」とあります。つまりこの資料「候補漢字の選定手順について」では、字形の違いのある字も重複を厭わず掲出されているわけです。なぜ重複があるかというと、大元の『漢字出現頻度数調査(3)』が、すでに微細な字形の違いをふくんでいるからです。たしかこれは凸版の印刷データではなかったかな。あまり記憶に自信がありませんが。

そして同資料の3ページ目、上から10行目、右から4字目に「闇」があるます。これは四角で囲まれているので、候補漢字Sということになります。では候補漢字Aの「闇」はどこにあるのか。5ページ目、上から16行目の左端、「闇」があります。


ところがこの候補漢字Aの「闇」には、本来付いているはずの「*」が付いていない。念のためにいうと、これは先日配布されたバージョンでも同様です。この資料自体が縦画と横画の違いを「字形の異なり」としていることは、「籠」でp.3の上から11行目、左から5字目と、p.5の下から6行目、右から10字目の二つともに「*」を付けていることから明らかです。印刷字形においてこの字に異体が生じるとすれば「龍」の第一画を縦にするか横にするか以外には考えづらい。なのに素案でこの「籠」を探すと候補漢字Sだけにしかありません。となると、やはり見落としなのかとも思える。


絞り込み作業をおこなったワーキンググループのメンバーは、前田富祺主査と林史典副主査、それに阿辻哲次京都大学)、沖森卓也立教大学)、笹原宏之早稲田大学)の各氏。字体に強いという意味では名うての人ばかりで、個人的にはこのメンバーが見落とすことは考えづらいと思えるのですが……。


すっきりした説明ができないで申し訳ありませんが、皆さんの理解の一助になれば幸いです。また上記の説明に問題があれば、どうかご指摘ください。

*1:これの「案」がとれたものが、先日配布されました。おっつけ公開されると思われます。ただしざっと見たところ内容には変わりなさそう。