「字体化け」考 (1)


(1)といいつつ、4月23日のエントリのつづきです。たくさんのコメントありがとうございました。おかげで考えを深めることができました。寄せられた意見を踏まえつつ議論を深めていきたいと思います。


あらためて振り返ると、ここで言う「字体化け」とは、現在日本語文字コードの基本であるJIS X 0213の初版である2000年版(2000JIS)と、その2004年改正版である2004JISの違いに由来します。両バージョンの違いはいくつかありますが、ここで問題にしているのは例示字体を変更された部分。規格票では168面区点を挙げていますが、中にはぱっと見ただけでは分からない非常に微細な変更も含まれているので、ただちに168文字が問題だとなるわけではありません。詳しくは、手前味噌ながらぼくが以前書いた原稿をご参照ください。

さて、では昨年末のWindows Vista発売以来、この「字体化け」についてどんな報道がなされてきたでしょう。ぼくが知る限りでは1月28日朝日新聞朝刊に掲載された「漢字とつきあう」というシリーズの第1回が最初のものでした。データベースサービスG-Searchによって検索したものを、以下に引用します。

(漢字とつきあう:1)市名にも明暗、パソコン規格
2007.01.28 東京朝刊 3頁 3総合 写図有 (全1,051字) 
 「葛(勹の中がヒ)」は「葛(勹の中がL+人)」へ。

 (以下の文章で○葛は(勹の中がヒ)の葛を、●葛は(勹の中がL+人)の葛を表す。これらは、使用する環境で表示される文字の形が異なるため、このような表記とします。)

 奈良県○葛城(かつらぎ)市にとって、今月30日、発売されるマイクロソフト(MS)のウィンドウズ「ビスタ」の衝撃
は大きかった。
 05年7月、ある市職員はインターネットで「ビスタ」のニュースを見て驚いた。パソコンの文字のもとになる規格「JIS漢字」が04年に変更された影響で、「ビスタ」では百数十字の字体が変わるのだ。「まさか『○葛』がなくなるなんて」
 04年10月に新庄町と当麻(たいま)町が合併して誕生した同市は、その表記を巡り合併前から揺れていた。
 合併協議会で配られた新市名称候補の資料。そこには「○葛城」と「●葛城」の2通りの表記があった。
 合併協委員から意見が出た。「これ、どこか違いがあるのんか。一番多いのが『○葛城』というのと違うんけ」「私どもは正字の『人』の●葛城を、誇りを持って使っています」
 辞書では「●葛」が正字とされる。だが、合併協は市民の利便性を優先し「パソコンに出る字」を採用し、「○葛城市」を正式名称とした。新聞各社にもその表記を使うよう求めた。
 今回の「ビスタ」のニュースを受けて、同市は06年2月、MSに引き続き「○葛」が使えるよう要望書を出した。「簡単に変わってええの?」という思いだった。
 MSからは「従来の文字ファイルと入れ替えれば大丈夫」と回答があった。しかしこの方法では、ビスタ搭載の他のパソコンにメールを出すと「●葛」と表示される。完全解決にはならない。
 JIS漢字の改正は、国語審議会が表外漢字について、伝統的な康熙(こうき)字典体を採用したためだ。MSの阿南康宏プログラムマネージャは「これで字体が確定し、IT業界と実際の文字生活の標準が出来た」という。ビスタの登場で、字体の標準化が進みそうだ。
 見込みがはずれた○葛城市は話す。「将来、表記の運用を見直す必要が出てくるかもしれない」
 やはり合併で誕生した岐阜県飛騨市の職員。「えっ、ビスタだと『騨(ツの部分が口二つ)』も出るようになるんですか。知りませんでした」と喜んだ。これまでパソコンで出る略字の「騨」を使うしかなかった。「これからは、仕事もスムーズにいきます」
 漢字を巡る明と暗が自治体に及んでいる。
 (比留間直和、前田安正)
    ◇
 情報機器が普及した時代。漢字との付き合い方が変わろうとしている。
 【写真説明】
 ○葛城市役所の入り口表示
朝日新聞社


つづいてこれは毎日新聞。2月1日の奈良地方版から。

葛城市:〓でも受理します 「ウィンドウズ・ビスタ」搭載PC、葛の字体出ず /奈良
2007.02.01 地方版/奈良 23頁 写図有 (全565字) 

 ◇市役所への提出書類、“葛”でも受理します--葛城市「ご安心を」
 ◇“葛”の字体、コード変更で出ず

 米マイクロソフト(MS)はウィンドウズXP以来、5年ぶりに新たなパソコン(PC)用基本ソフト「ウィンドウズ・ビスタ」を発売した。葛城市はこれに合わせ、市のホームページに、市役所へ提出される「申請」や「届出」の書類などについて「葛」の字でも、「それを理由に不受理とすることはない」と明記した。
 パソコンの文字のもとになる規格「JIS漢字」が04年2月、168字を変更した影響で、「ビスタ」も字体が変わった。そのため、「葛」の字が「葛」の字体に変わったため葛城市が対応策を示した。
 同市は04年10月に「新庄町」と「当麻町」が合併し、新市として誕生。当時、合併協議会で、新市の名称は「葛城」と「葛城」で協議されたが、最終的にはパソコンに出る字で、利便性を考慮し、「葛城」にした。しかし、新JISコード対応のパソコンでは皮肉にも「葛」の字が出なくなった。
 吉川弘明・企画部長は「ビスタは売り出されたばかりだが、今後、市民らに混乱を与えるとまずい。書類上どちらの字でも使えるので、安心してほしい」と話す。同市は06年2月、MSに、引き続き「葛」の字が使えるように要望書を提出しており、MSは「検討したい」と答えているという。【山本和良】
毎日新聞社


前回のエントリで引用したNHKニュースはこれにつづくもので、2月10日。これを文字で配信したものがG-Searchでひっかかりました。あらためて以下に引用します。

ウィンドウズビスタ 漢字の字体が一部変更 利用者に戸惑いも
2007.02.10 NHKニュース (全586字) 

 先月末に発売されたパソコンの新しい基本ソフト、ウィンドウズビスタでは、JIS規格の改訂に伴って表示される漢字の字体がこれまでと一部変わっています。
 四辻(ヨツツジ)の「辻」の字は、「しんにょう」の点が2つになるなど、百数十の文字が変わり、利用者の間で戸惑いの声が広がっています。
 先月30日に発売されたパソコンの新しい基本ソフト、ウィンドウズビスタでは、表示される漢字の字体が3年前に改訂された新しいJISの規格に変更されました。
 この新しい規格では、四辻の「辻」や神奈川県逗子市の「逗」の字は、いずれも「しんにょう」の点が2つになるなど、百数十の文字の字体が変更されました。
 このため、利用者の間で戸惑いの声が広がっています。
 3年前に合併して誕生した奈良県葛城市(カツラギシ)は、市民が便利なようにと従来のパソコンで表示されていた「カツ」の字を正式名として採用しましたが、新しいウィンドウズでは字体が変わってしまいます。
 このため市は、申請や届け出の窓口で、どちらの字でも受け付けることを決めました。
 漢字が変更された理由について、JIS規格の改訂作業に関わった京都大学漢字情報研究センターの安岡孝一(ヤスオカコウイチ)助教授は、「漢字の古来の形を重視した国語審議会の答申を新しい規格に反映させたため」と話しています。
 (注 葛城市の「葛」は、下の部分が「匂」です)
NHK


これら3つの報道に共通していることは、混乱の例として挙げられているのが、いずれも固有名詞であるということです。新聞やテレビというメディアは、いつでも圧倒的大多数の人間を対象にしており、少数の人間にだけ向けた報道はしません。なるべく多くの人々にWindows Vistaの影響を伝えようとした場合、真っ先に挙げられたのが地名や人名などの固有名詞であった。これはこの問題で押さえておくべき非常に重要なポイントであるとも思います。

というところで次回に続かせてください。