規格のアンチテーゼとしての「字体化け」


ここ数日『基本日本語活字見本集成本』のことを書き継いでいます。本当はJIS X 0212のことを書く予定でしたが、予定を変更して今日はこの原稿を書いた後、ずっと引っかかっていた「字体化け」について書くことにします。

あ、その前に誠文堂新光社の編集さんから誤植について早速直した由メールをいただきました。感謝。ネット書店で売っていないのは、広告を入れられる雑誌コードにしたからだそうです。もっとも、これほど取り扱わないとは幾分想定外だった様子。今までのエントリでは書きませんでしたが、この本の真価はぼくなどの原稿にはなく、見本帳部分にあります。おそらくこれほど組見本が充実した類書はなかったはず。デザイナー諸氏はぜひぜひ手にとり、そのすばらしさをお確かめください。編集を担当したデジクリの柴田忠男さんが紹介文と内容が分かる写真を公開されているので、リンクを張っておきます。


では本題に入りましょう。ぼくは、この本の中で、以下のようなことを書きました。

 フォントを製作する場合、包摂の範囲から任意の文字の形を選びデザインすることになる。その結果フォントによって文字の形は微妙に異なることになるが、包摂の範囲が社会的に「同じ文字」とする範囲と一致している限り、たとえ情報交換により文字の形が変わっても意識されず混乱はおきない。(p.519)


一方、違うページでこういうことも書いています。

(2000年のJIS X 0213初版――2000JIS制定直後に表外漢字字体表が答申され、これに対応するため、2004年に2004JISとして改正されたことを説明した上で)
ではこの2004JISの変更は実装に、そして私達ユーザーにどのような影響を与えるのだろうか。

Mac OS Xが実装するのは2000JISだ。一方で2006年末から出荷を開始したWindows Vistaは2004JISだ。したがってMac OS XヒラギノフォントとWindows VistaのMSフォントの間で、包摂の範囲で文字が化ける(これを字体化けとよぶ)。のみならず、Windows Vistaより前のバージョンとの間で同様に字体化けが発生する。本稿執筆時点の2007年2月現在、変更された例示字体を地名に持つ自治体や会社の間で戸惑いが拡がっているとの報道がつづいている。今後こうした混乱の拡大が懸念される。(p.522)

なんか矛盾していませんか? 〈包摂の範囲が社会的に「同じ文字」とする範囲と一致している限り、たとえ情報交換により文字の形が変わっても意識されず混乱はおきない〉というのが本当なら、「字体化け」などないはずですよね? もしも真実「字体化け」が問題なら、それは包摂範囲の設定が間違っていた、つまり社会的に「同じ字」と認識されていない字体を包摂してしまっていたということになる。つまり「字体化け」とは文字コード規格のアンチテーゼに他ならないように思うのです*1


――というようなことを、書きながら思ったものの、1,200字という字数の制限ではここまで書くことはできませんでした。というより、これは書く前から考え続けていたことなのです。Windows Vista発売により、もしも「おれの字と違う」という声が津々浦々で澎湃として巻き起こるとしたら……それは2004JISの包摂範囲が間違っていたことになるだろう、と。その意味で、発売直後になされた各種報道は、そういう暗い予感を裏付けるものでした。以下はその一例。


ウィンドウズ・ビスタ――漢字字体で戸惑い『NHKニュース7』(2007年2月10日)(yasuokaの日記、漢字の古来の形より。番組中の安岡さんのコメントは、取材を受けた当人の意には染まないもののようです)


さて、Windows Vista発売から4ヵ月余りをすぎた今、この問題をどう考えるべきでしょうか。次回に続きます。

*1:ついでながら、包摂のない文字コードはありません。どんな文字コードでも符号位置による情報交換をする以上は包摂は不可避です。仮に包摂のない文字コード規格があるとすれば、それは特定のフォント以外の使用を禁止した規格ということでしょう。寡聞にしてぼくはそのような規格を知りません。