自分を哀れんではいけない

夜遅く妹から電話。母がアルツハイマーであると医者が言っているという。広く知られているとおり、この病気を治す方法はみつかっていない。電話を切った後、いくつか出さなければならないメールを片づけると、とっくに締め切りの過ぎたゲラを持って、いつものとおり近所のデニーズで一日のラストスパート。


不思議なほど今日はゲラに集中できる。仕事のお供はシューベルトの『死と乙女』。短いこの弦楽四重奏曲をリピートで聞き続けた。2台のバイオリンは競うようにむせび泣き、そうだ、その通りだとチェロが慰める。あるときは叫び、あるときは囁くように。

今までは妙にエキセントリックでよく分からない音楽だと思っていたけれど、今は分かる気がする。この曲は「気が狂うほど哀しい」と言っているのだろう。誰が? もちろんタイトルにある通り乙女だ。はたして彼女の周辺に、どんな死が訪れたのだろう?

だれか、この少女に会ったら伝えて欲しい。自分を哀れんではいけないと。いや本当だ、私はそんなことばかり繰り返して何人も友達をなくしてきた。その私の言うことだから、どうか信じて欲しいと。

さて、そろそろ寝るか。仕事を終えた私は勘定をすませてデニーズを出る。そう、明日も早いのだ。