サッダーム・フセイン、最期の言葉

フセインが12月30日、バクダッドで絞首刑に処せられた。その最後の様子をCNNは以下の記事で伝えている。

  • "Hussein buried in same cemetery as sons"(訳:息子と同じ墓地に葬られるフセイン

http://megalodon.jp/?url=http://www.cnn.com/2006/WORLD/meast/12/31/hussein.funeral/index.html&date=20070102020854
ところが、この報道に対して、イラクに住むリバー・ベントと名乗る女性が激しく批判を繰り広げている。ここで注目すべきは、リバー・ベントは通常の意味でのジャーナリストではなく、たんにテレビでフセインの処刑を見た、一介の視聴者であるという点だ。もし彼女がイラクのどこにでもいる視聴者と一線を画する部分があったとすれば、それは彼女が英語によってブログを書き継いでいたことだろう。

  • 「リンチ(私刑)...」(日本語訳)

http://megalodon.jp/?url=http://www.geocities.jp/riverbendblog/&date=20070102021055

  • "A Lynching..."(原文英語)

[http://megalodon.jp/?url=http://www.riverbendblog.blogspot.com/&date=20070102021341


世界最大級の報道機関であるCNNと、市井のイラク人の書くもののどちらの言い分が信用に足るものか、ここでは両者の記事を読み比べてみようと思う。


まずCNNは、目撃者の証言として判事ムニール・ハッダードの以下のような言葉を伝えている。

(拙訳)縄の輪がフセインの首の回りに締められたので、執行者のうちの1人は「ムクタダ・アッ=サドル万歳」と叫びました、そうアダッドが言いました。(中略)彼が死ぬ前に、フセインスンニ派)は1つの最後のフレーズを口にしました。ばかにした調子で「ムクタダ・アッ=サドル」と言いました。
(原文)Hussein, a Sunni, uttered one last phrase before he died, saying "Muqtada al-Sadr" in a mocking tone, according to Haddad's account.

これに対して、リバー・ベントは以下のように反論する。

(翻訳サイトから)リークされたビデオでは、「ムクタダ・アッ=サドル万歳」と大声で言ったのは死刑執行人ではなかった。どう、これがマーリキー政権のもうひとつの救いようのない下劣さよ。彼らは自分たちに好都合な野次馬たちを処刑の場に居合わさせていたのよ。マーリキーは、彼らは「裁判の証人たち」だと主張したけど、彼らは明らかに野次るための人間だった。 サダムの首の周りに輪縄が巻きつけられるとすぐに、彼らは唱和し始めた。「モハンマドと彼の家族の上に神のご加護あれ...」その他うまく聞き取れなかったけれど(でもとても組織的だった)、続いて「ムクタダ、ムクタダ、ムクタダ!」と。彼らのひとりがサッダームに大声で叫んだ。「地獄へ行け…」 (アラビア語で)。サッダームは軽蔑して下を向いて言った。「ヒヤ ハイル マルジャラー…?」 「それがおまえの男らしさか?」というような意味だ。
(原文)From the video that was leaked, it was not an executioner who yelled "long live Muqtada al-Sadr". See, this is another low the Maliki government sunk to- they had some hecklers conveniently standing by during the execution. Maliki claimed they were "some witnesses from the trial", but they were, very obviously, hecklers. The moment the noose was around Saddam's neck, they began chanting, in unison, "God's prayers be on Mohamed and on Mohamed's family…" Something else I didn't quite catch (but it was very coordinated), and then "Muqtada, Muqtada, Muqtada!" One of them called out to Saddam, "Go to hell…" (in Arabic). Saddam looked down disdainfully and answered "Heya hay il marjala…?" which is basically saying, "Is this your manhood…?".

つまり、彼女の報告によれば、フセイン自身は「ムクタダ・アッ=サドル」などと言ってはいない。また、かなり一方的な立場の人を多く集めたなかで刑が執行されたことが伺える。これはCNNの報道では分からないことだ。また、分からないことと言えば、(これは引用部分外だが)刑の執行は本来なら血で汚してはならないイスラムの祭事期間の最初の日におこなわれた。これは信仰深い市民の心を乱すには十分なことのはずだが、やはりCNNはじめ各報道機関はこれについて一言もふれていない。

さて、CNNはつづけて、上記の他に「フセインは恐怖にかられていた」と語る目撃者もいたと言う。それがイラクの国家の安全アドバイザー、ムワーファク・アッ=ルバーイだ。彼は以下のように言ったという。

(拙訳)「彼は、壊れた人間でした」アッ=ルバーイが言いました。「彼は怖がっていました。彼の顔には恐れを見ることができました」
(原文)"He was a broken man," al-Rubaie said. "He was afraid. You could see fear in his face."

このアッ=ルバーイの証言について、リバー・ベントは以下のように反論する。

(翻訳サイトから)ムワーファク・アッ=ルバーイは「サッダームは弱々しく怯えていた」と言った。ルバーイは違う私刑を見たらしい。なぜなら、リークされたビデオによれば、彼は全く怯えていなかったもの。彼の声は震えてなどいなくて、黒い覆面を被るのを拒否した。 彼は、運命を享受しているように見え、野次られている時には相変わらず挑戦的に見えた。
(原文)Muwafaq Al Rubai was said he was "weak and frightened". Apparently, Rubai saw a different lynching because according to the video they leaked, he didn't look frightened at all. His voice didn't shake and he refused to put on the black hood. He looked resigned to his fate, and during the heckling he looked as defiant as ever.

両者の記事を読み比べる限り、私にはリバー・ベントの言うことの方が本当のことを伝えているように思える。なによりも、彼女の言葉は単純でストレートで、作為が感じられない。彼女は見たままを書いているに過ぎないのだろう。一方でCNNは取材の常道として多くの証言を集めようとしている様子は分かるが、それは全体を俯瞰するためと言うよりも、自分の主観を裏付けるためのように思えるのである。もちろん、このように感じること自体、私の主観であるには相違ないが。


さて、では日本の新聞では、これについてどのように報じているのか。

幹部らが報道機関に語った話によると、元大統領はイスラム教の聖典コーランを持って刑に臨んだ。目隠しは拒み、執行直前に「神は偉大なり。国家は勝利に満ち、パレスチナはアラブのものだ」と叫んだという。

立ち会ったイラク政府のルバイエ国家安全保障担当顧問は米CNNテレビに「彼はすっかり弱っていた。おびえが顔に出ていた。奇妙なまでに従順だった」と証言した。米国人は立ち会わず、イスラム教の聖職者も呼ばれなかったという。
 マリキ首相のアスカリ政治顧問によると、元大統領は「最後の言葉」を問われると「神は偉大なり。イラクは勝利するだろう。パレスチナはアラブのものだ」と叫んだという。米誌ニューズウィーク電子版によると、元大統領は覆面姿の執行人に絞首台に導かれながら「こいつらはテロリストだ」とつぶやいたとされる。

後ろ手にされた元大統領は、男の説明に何事かを答えた後、ゆっくりと前へ進む。黒い布を首に巻き付けられ、その上から太い麻縄をかけられた。元大統領は死刑囚の恐怖を取り除くために使われる黒いフードをかぶることを拒否したという。

 ロイター通信によると、元大統領は執行の際「アラーのほかに神はなし」と、イスラム教の決まり文句を口にした。

 米CNNテレビによると、元大統領はイスラム教の聖典コーランを持参し、刑に臨んだ。米軍管理区域外で、米国人の立ち会いはなく、イラク人によりすべてが執り行われた。立ち会った当局者は死刑執行の後、遺体の周りで踊っている人々もいたと話した。

絞首台に立たされた元大統領は執行人らの罵(ののし)りに捨てぜりふを吐くなど、最後まで余裕を見せた。

 映像では、太いロープを首に巻かれた元大統領が「おお神よ」とつぶやくと、複数の人物が大声で「ムクタダ、ムクタダ」と叫ぶ。高位法学者の父をフセイン政権に殺害されたイスラムシーア派強硬指導者ムクタダ・サドル師を指すとみられる。これに対し元大統領は大きな笑みを浮かべながら、「この雑魚が」と応じた。

 元大統領はこの直後、「アッラーのほかに神はなし。ムハンマドアッラー使徒である」とのイスラム教の信仰告白を繰り返し、2回目の「ムハンマド」を言った時に絞首台が落ちた。映像は、執行関係者が携帯電話カメラなどで私的に撮影したものとみられる。


CNNほどではないにしても、リバー・ベントが書くような「一方的な雰囲気」については、各紙はいずれも報じていないことに注意したい。むしろイラク政府が報じてほしいような記事だと言えるかも知れない。

私たちの世界で報じられることの多くは、(自戒をこめて書くのだが)誤解に基づく勘違いの所産だ。なぜなら我々人間は「見たいようにしか見ない」動物であるからだ。このことを、報じる側も読む側も、今一度肝に銘じる必要があるだろう。

以上、年頭に当たって、思うところを述べてみた。