例示字体の規範性について


山本太郎さんが、昨日のエントリーに対して2度にわたってコメントをしてくださっている。山本さんも僕もJIS X 0213改正において、例示字体が変更されたことにこだわっている。なぜか? これについて、山本さんのコメントを補足する形で説明しておきたい。



JIS X 0208JIS X 0213では、以下のような規定がある。

この規格は、言語としての文字と符号化表現との対応を規定するものであって、言語自体を規定するものではなく、言語に何等の基準を与えるものでもない。
JIS X 0213:2000「3.2.2 規定しない項目」p.382)

ここで宣言されているのは、自身が工業規格であり言語規範ではないということだ。しかし、現実にはどうかというと、フォントベンダーを中心に、例示字体にもとづきフォントの文字デザインが設計されてきた。つまり結果として〈言語自体を規定〉してきたと見ることができる訳だ。そうした現実を裏付ける形で、世の中の文字を印刷標準字体に統一するため、文字コード規格の例示字体を変更するという判断がくだされた。そして、その結果として字体化けが発生することになった。


ならば、「お手本」にしてきたフォントベンダーが悪いのか? それは違うだろう。なぜなら、お手本にするのも勝手、しないのも勝手なのが例示字体というもので、それは「便宜的」なものにすぎないからだ。


改正での例示字体の変更について、僕は連載『文字の海、ビットの舟』で繰り返し異を唱えてきた。改正の公開レビューでも最新の特別編30でも。しかし山本さんのコメントは、例示字体が本来便宜的にしか存在し得ないことを指摘するもので、僕などよりもはるかに根源的な意味をふくんでいる。


山本さんがコメントするに際して、おそらく念頭においたものを理解する資料として、以下のようなものを挙げておこう。JIS X 0213を改正するための2001年度新JCS委員会の成果報告書(日本規格協会情報技術標準化研究センター 2002年)から。

今回の国語審議会答申は、明確に「表外漢字の印刷用標準字体」を示している。(略)表外漢字についてこのような判断が下されたからには、従来複数の字体を包摂し、一つの符号位置を付与していたJIS文字コードとして、JISとして許容される字体の揺れの中心点として、国語審議会答申を拠り所とすることは、まことにもって自然なことと考える。
(2.2.1 JISの側から見た「国語審議会答申」p.29)

ここで例示字体のことを〈JISとして許容される字体の揺れの中心点〉という言葉を使って形容していることに注意したい。つまり、例示字体は便宜的どころか、〈中心点〉として捉えられている。これが大きな誤りであることを、山本さんのコメントは余すところなく指摘している。山本さんと新JCS委員会の、どちらが良識にもとづいているのか、僕には明らかであるように思える。


しかし、悪法でも標準は標準だ。改正されたからには、なるべく混乱は少なく受容されねばならない。それが今の僕の立場だ。そしてさらに言うなら、じつは以上に書いたことはマイクロソフトなどは百も承知だった。PAGE2006でも阿南さんが言っていたように、彼等は例字体変更に対して反対の立場をとり続けていたからだ。それがなぜ逆の立場をとるに至ったのか。そこにこそ歴史的な意味はあるのではないかと、僕は考えている。