デザインの主役はゴナU

中村征宏さんによるゴナU


また『みつえ日記』のデザイン話をしたいと思う。しかし、売れているのかな。心配だなあ。皆さん、よろしくお願いいたします。

11月15日の項でも書いたけど、この本のデザイン・テーマは「文字をいかに見せるか」というものだった。つまり『みつえ日記』というタイトルを中心に発想していったのだが、もうちょっとくわしく言うと「日記」という文字は、最初からゴナUしかないと思っていた(「みつえ」の方については後日)。



なぜゴナUかというと、それはもう去年の12月に開かれた女子美術大学のシンポジウム『タイポグラフィ・タイプフェイスのいま。――デジタル時代の印刷文字』で、中村征宏さんによるゴナUの原字(もちろん手書き!)を見たからだ。


ゴナUっていうのは自分のような1980年代から出版の世界に入った人間にとっては、一番身近な、というより飽きるくらい使いすぎた書体と言った方がいいかもしれない。もう、なんでもかんでもタイトルはゴナU、強調したければゴナU。とにかくよく使ったものだ。でも、女子美で原字を見たとき、俺は今まで何を見ていたんだろうと思った。こんなになまめかしい曲線で構成されていたとは! 不明を恥じました。とくに漢字がいい。本当に惚れ惚れするくらいいい。


そんなこともあり、もう一度ゴナUにきちんと向き合いたかった。もちろんゴナUは写植文字で、そのままではデジタルで使えない。でも今はシンカというオンライン・サービスがあって、アウトラインデータをここから買えるようになった(ちょっと高いけどね)。


ここのサービスは20字まで1,500円だから、「日記」の2文字でも20字でも同じ値段。だから念のためEG-KLとかYSEGなんかも頼んでみたけど、やはりゴナUの存在感とは比べものにならないように感じた(今俺、すごい畏れ多いこと言った?)。


アウトラインで大きくして見ると、この書体はじつに細かいところに気を使っているということがよく分かる。まず上図の緑の丸、「記」の言偏の口のところを見てほしいのだけど、ここ、皆さんのパソコンに入っているゴシック系フォントは、たいてい下に2本、足が出ているはずなんですよ。でもゴナUは左だけですね。下の図を見てください。小塚ゴシックがだけが片足で、他はみんな両足。ゴナUは仮想ボディ一杯に大きくデザインしたのが特徴なんだけど、こういう省略をきかせることで、黒味が強くなりすぎないようにしたんじゃないかな。




それから、「日」にもどって、左の足が斜めに切ってある。この切断面、もっと拡大してみると分かるんだけど、直線じゃなくてゆるやかなカーブなんですね。いや、本当によくできているなあ。


「記」の言偏。一番上の横棒の下の線、これも斜めです。言偏って横棒が6本続きますからね、こうすることで圧迫感をなくし、単調になることを防いでいるんじゃないのかな。


「己」の部分も面白いことしている。これは線を入れ忘れたんだけど、言偏と比べると「己」の上端は若干低くしてある。そして、言偏と1箇所だけ接合させてある。また最後の撥ねを、上の「コ」の部分よりも右に出している。撥ねる直前の横棒部分も、単なる平行ではなく上の線を斜めに、つまり太くしてある。肉体的だなあ。


タイプフェイスデザインには素人だから、僕などには正直細かい意図まで理解できていないだろうけど、一つだけ確信をもって言えるのは、単純に仮想ボディっぱいに書くのではなく、削るところは削り、出すところは出して、全体のメリハリを付けようとしているということ。何を削り、何を残すか、おそらく考えに考えたんでしょうね。本当に頭が下がります。


若い頃、気軽に使って中村さんごめんなさい。と言いつつ、じつは本では上下に120パーセント程度拡大しちゃった。つまりデザイナーが書いたままの姿ではない。どうしても正体だとずんぐり見えてしまうところがあり、申し訳ないけど長体をかけさせてもらいました(上に掲げたのはその変形ずみのもの)。罪滅ぼしというわけじゃないが、背表紙の方の「日記」は正体、作者名のゴナEも正体です。


次は「みつえ」の話をしようかな。コウガグロテスク02です。これがまた良い味出しているけど、暴れん坊なんだなあ。


●追記(2005.12.13)
ここで書いた内容のうち、


  「日」にもどって、左の足が斜めに切ってある。
  「記」の言偏。一番上の横棒の下の線、これも斜めです。


という部分については、間違っている可能性が非常に強いことが、ある方のご指摘により判明した。詳細は〈「日」と「記」後日談〉を参照されたい。ご指摘に感謝します。