「強い禁則」は主流か?——『日本語組版処理の要件』へのフィードバック(追記あり)

概要

『日本語組版処理の要件』(以下、『要件』と略)では、3.1.7 行頭禁則において、その対象として小書きの仮名と長音記号を含めている。しかし、ある公立図書館に架蔵する近代小説を抽出調査したところ、そうした強い禁則を採用した書籍はごく少数に止まることが分かった。『要件』のこの部分は日本語組版の実態に即しておらず、改めた方がよいと考える。

『日本語組版処理の要件』における行頭禁則の規定

公的な性格が強い『要件』

『要件』は日本語組版の概説文書である。ウェブの標準化団体W3Cの技術ノートとして公開されており、英語のものが正式版で日本語版は単なる翻訳という位置づけだ(ただし、筆者の英語能力ゆえに本稿では日本語版を対象とさせていただく)。
日本には以前から組版規格としてJIS X 4051:2004『日本語文書の組版方法』があったが、これは総ページが200をこえる膨大な文書であり、日本語を話さない人にはとても理解できるものではない。そこで2008年に、欧文組版と違う部分や、日本語組版の重要な部分に限定してまとられたのが『要件』である。
現在CSS3やEPUB3といった重要な規格において、縦書きや禁則処理、ルビ等を実現する改訂が進められている。これら改訂はこれからの日本文化に大きな影響を与えるものと考えられるが、それもこの文書がなければ到底できなかったと思われる。すなわち、『要件』は海外の開発者をはじめ、多くの人々に影響力を持つ、公的な性格の強い文書といえる。したがって、そこでは個人的な主観などではなく、正確な日本語組版の実態にもとづいた規定がされるべきだろう。

行頭禁則の規定内容

さて、『要件』の3.1.7 行頭禁則では、以下のように規定している。

終わり括弧類ハイフン類区切り約物中点類句点類読点類繰返し記号長音記号小書きの仮名及び割注終わり括弧類を行頭に配置してはならない(行頭禁則).これは体裁がよくないからである.

この行頭禁則の範囲*1は、はたして妥当なものであろうか。一般に禁則の対象で小書きの仮名と長音記号を含めるものを「強い禁則」、含めないものを「弱い禁則」と呼び分けるが、前者を選択することは、まだ異論があるのが現状である。

前述のように、公的な性格が強い『要件』は実際の日本語組版の姿を反映していることが求められる。では、世の中の書籍は「強い禁則」が主流なのか、それとも「弱い禁則」なのか、実際に調査してみることにした。なお、ここではいずれかの優劣を論じる意図はなく、定量的な説明の試みにすぎないことをお断わりする。

調査の方法

調査の考え方

かつて活版時代の書籍は、本文が長い場合は複数の植字工が手分けして組版することがおこなわれていた。したがって(好ましいことではないが)植字工によって組版結果が変わることもあり得た。しかし活版の後継である電算写植、あるいはさらにその後継であるDTPでは、あらかじめ設定されたルールに基づきコンピュータが一冊を通して制御するため、まずそのようなことはおこらない。
これが何を意味するかというと、少なくとも電算写植が主流を占める1990年代以降の書籍では、本文中に小書きの仮名等を行頭禁則文字にしている箇所に行き当たれば、本文全体が概ねそうしたルールで組まれていると判断できるということである。とくに多数出現する拗促音表記の場合、オペレーターが一つ一つ違う設定で組版することは、まず考えられない。一般に組版は効率の技芸でもある。
また、組版ルールは版元ごとに同じルールを、ジョブごとに手直ししながら運用されるのが一般的だ(もちろん例外もある)。ということは、同じ版元の書籍が5冊6冊と同じような組み方がされている場合、それはその版元のハウスルールである可能性が高い。つまり、サンプル数が少なくとも恣意性さえうまく排除できれば、版元ごとに禁則は強弱いずれを採用しているかが推測できるだろう。

具体的な調査方法

書籍の冒頭から行頭に小書きの仮名および長音記号が存在する箇所を探していき、見つかったらそのページ数を記録する。両方とも見つかったら調査を終了、次の書籍に移ることとする。
調査対象の書籍は、近所にある逗子市立図書館蔵書数、約20万冊)の「近代文学」に架蔵している、「う」音をもつ著者のものとした。図書館を調査場所としたのは、ある程度の刊年の幅が確保でき、同時に恣意性の低い、偏らない内容を期待できるからである。う音に絞ったのは、調査時間との兼ね合いである。
書誌情報はスマートフォンのアプリを利用、バーコードをスキャンすることで、調査した本を「ほしい物リスト」に入れていくことで記録することとした。その結果を下に示す。

小書きの仮名について

調査に先立って下調べした限り、『要件』が規定する小書きの仮名は、用途と頻度によって次のように概括できそうに思えた。

  1. おもに拗音に使われる小書きの仮名……ゃゅょャュョ
  2. 促音に使われる小書きの仮名……っッ
  3. その他の小書きの仮名……ぁぃぅぇぉゕゖァィゥェォヵヶㇰㇱㇲㇳㇴㇵㇶㇷㇸㇹㇷ゚ㇺㇻㇼㇽㇾㇿ

調査では上記の分類に従い記録することにした。じつのところ、こうした区別は調査の目的にあまり関係はしないのだが、まあ、ちょっとした個人的興味である。ただし両仮名の区別までは記録しない。

調査結果一覧

ID 書名 著者名 版元名 発売日 商品の寸法 ISBN-13 小書きの仮名 長音記号 備考
1 門島〈上〉 内田康夫 文藝春秋 2003/03 19x13.2x2.8 978-4163214306 促14 166
2 斎王の葬列 内田康夫 角川書店 1993/03 21x14.3x3.5 978-4048727433 促7 176 ※1
3 皇女の霊柩 内田康夫 新潮社 1997/06 19.4x13.6x3 978-4104182015 促17 80
4 「須磨明石」殺人事件 内田康夫 徳間書店 1998/02 19.2x13.6x2 978-4198608071 促5 18
5 幸福の手紙 内田康夫 実業之日本社 1994/08 19.8x14.1x2.6 978-4408532332 促5 66
6 棄霊島〈上〉 内田康夫 文藝春秋 2006/04 18.8x13.8x3.2 978-4163248103 促17 27
7 イタリア幻想曲貴賓室の怪人2 内田康夫 角川書店 2004/03/29 19x13x2.8 978-4048735285 促20 28
8 天河伝説殺人事件 内田康夫 角川書店 2005/12 19x13x2.8 978-4048735285 促8 56 ※2
9 朝日殺人事件〈新装版〉 内田康夫 実業之日本社 2005/09/17 17x10.6x2 978-4408504544 促7 14 ※3
10 佐用姫伝説殺人事件〈新装版〉 内田康夫 実業之日本社 2006/01/14 17.2x10.6x1.6 978-4408504636 促7 67 ※3
11 化生の海 内田康夫 新潮社 2003/11/19 18.8x13.8x3.8 978-4104182039 促7 22
12 十三の冥府 内田康夫 実業之日本社 2004/01 19.2x13.4x2.8 978-4408534510 促16 14
13 箸墓幻想 内田康夫 毎日新聞社 2001/08 18.8x13.4x3.2 978-4620106489 促31 101
14 はちまん〈上〉 内田康夫 角川書店 1999/02 19.2x13x3 978-4048730938 促7 50
15 貴賓室の怪人「飛鳥」編 内田康夫 角川書店 2000/09 19x13.6x2.8 978-4048732420 促7 25
16 地の日天の海〈上〉 内田康夫 角川グループパブリッシング 2008/07/01 19x13.8x3 978-4048738644 促8 274
17 黄金の石橋 内田康夫 実業之日本社 1999/06 19.2x13.6x2.8 978-4408533605 促22 30
18 神苦楽島〈上〉 内田康夫 文藝春秋 2010/03 19x12.8x3.4 978-4163290508 促39 113
19 記憶の中の殺人 内田康夫 講談社 1995/10/03 19x13.2x2.6 978-4062078726 拗19 64
20 風の盆幻想 内田康夫 幻冬舎 2005/09/21 19x13.4x3 978-4344010383 促30 46
21 藍色回廊殺人事件 内田康夫 講談社 1998/11 19.4x13.2x2.2 978-4062094047 促13 13
22 イーハトーブの幽霊 内田康夫 中央公論社 1995/07 20.1x14x2.4 978-4120024566 促7 13
23 札幌殺人事件 内田康夫 光文社 2004/04/21 18.8x13.2x3.8 978-4334924300 促6 8
24 華の下にて 内田康夫 幻冬舎 1995/12 19x13.6x3.2 978-4877280819 促14 180
25 中央構造帯 内田康夫 講談社 2002/10 19.2x13.8x3.2 978-4062114424 促9 42
26 妖しい詩韻 内田康夫 角川春樹事務所 2007/10 19x13.6x2.2 978-4758410885 促9 29
27 横浜殺人事件 内田康夫 光文社 2003/12/15 n/a 978-4334924164 促9 48
28 天城峠殺人事件 内田康夫 光文社 1993/03 n/a 978-4334922207 拗21 30
29 死線上のアリア 内田康夫 飛天出版 1992/11 n/a 978-4938742010 促5 38
30 義務と演技 内館牧子 幻冬舎 1995/11 19.6x13.8x2.4 978-4877280826 促11 9
31 必要のない人 内館牧子 角川書店 1998/06 19x13.2x2.2 978-4048730754 促7 45
32 転がしお銀 内館牧子 文藝春秋 2003/11 18.8x13.4x2.4 978-4163221809 促7 191
33 想い出にかわるまで 内館牧子 TIS 1990/01 19.5x13.8x2.5 978-4847011092 促7 59
34 子どもたちの叫び 内野真、他 NTT出版 2007/03 18.6x13x2.4 978-4757141537 × × ※4
35 左遷鴎外 内村幹子 新人物往来社 2002/03 19.2x13.6x3 978-4404029584 促18 × ※5
36 時宗立つ 内村幹子 新人物往来社 2001/04 19.2x13.6x2.6 978-4404029133 促8 × ※5
37 武蔵彷徨 内村幹子 新人物往来社 2003/03 19x14x2.4 978-4404031150 促55 × ※5
38 海は哀し 内村幹子 新人物往来社 2005/03 19x14x3 978-4404032416 促24 × ※5
39 機体消失 内田モトキ 原書房 2000/01 19x13.4x2.4 978-4562032792 促15 27
40 ドッグレース 内山安雄 講談社 2001/07 19.2x14.4x2.4 978-4062108102 促5 9
41 霧の中の頼子 内山安雄( 角川春樹事務所 2003/10 19.6x13.5x4.1 978-4758410199 促10 10
42 黎明に叛くもの 宇月原晴明 中央公論新社 2003/11 19x14.4x4.6 978-4120034756 促50 × ※5
43 信長 宇月原晴明 新潮社 1999/12 20x14.2x3.2 978-4104336012 促39 9
44 聚楽—太閤の錬金窟 宇月原晴明 新潮社 2002/01 20.4x14.6x3.4 978-4104336029 促23 154
45 安徳天皇漂海記 宇月原晴明 中央公論新社 2006/02 19.4x13.2x2.8 978-4120037054 促14 189
46 廃帝綺譚 宇月原晴明 中央公論新社 2007/05 19.2x13.4x2.6 978-4120038327 促55 55 ※5
47 四か月間の女 うつみ宮土理 中央公論社 1995/06 n/a 978-4120024542 促10 27
48 人びとの坂道 内海隆一郎 彌生書房 1995/11 19x13.4x2 978-4841507065 × × ※6
49 地の螢 内海隆一郎 徳間書店 2007/12 19x13.4x2.2 978-4198624569 促18 34
50 描かれた風景への旅 内海隆一郎 講談社 1998/07 19.2x13.6x2.2 978-4062088152 促6 8
51 魚の声 内海隆一郎 集英社 2001/11/26 19x13.4x2.2 978-4087745566 促36 78
52 郷愁 内海隆一郎 光文社 2004/07/21 19x13x2.4 978-4334924409 拗57 132
53 懐かしい場所 内海隆一郎 実業之日本社 1994/09 n/a 978-4408532370 促24 × ※5
54 鰻のたたき 内海隆一郎 光文社 1993/11 20.3x13.6x2.3 978-4334922290 促23 × ※5
55 懐かしい人びと 内海隆一郎 PHP研究所 1997/09 19.4x13.2x2.2 978-4569558318 促8 29
56 義兄弟エレジー 内海隆一郎 実業之日本社 1999/07 19.6x14x2.4 978-4408533599 促11 48
57 狐の嫁入り—御仕出し立花屋 内海隆一郎 PHP研究所 1997/03 n/a 978-4569555294 促29 × ※5
58 遅咲きの梅 内海隆一郎 筑摩書房 1998/12 n/a 978-4480803467 促10 27
59 島の少年 内海隆一郎 河出書房新社 1997/09 19.4x13.8x2.2 978-4309011653 促17 54
60 だれもが子供だったころ 内海隆一郎 毎日新聞 1994/05 19.2x13.2x2 978-4620105024 促10 × ※5
61 北の駅 内海隆一郎 徳間書店 1995/09 n/a 978-4198603502 × × ※7
62 朝の音 内海隆一郎 朝日新聞社 2001/12 18.8x13.2x2.6 978-4022576897 拗32 48 ※5
63 大人の絵本 宇野千代東郷青児 角川春樹事務所 1997/08 19x13.6x1.8 978-4894560369 促14 × ※5
64 不思議な事があるものだ 宇野千代 中央公論社 1996/07 n/a 978-4120026072 × × ※8
65 宇野千代聞書集 宇野千代 平凡社 2002/03 16.6x11.4x1.6 978-4582764260 促17 113
66 色ざんげ 宇野千代 中央公論社 1984/12 19.6x14.8x1.8 978-4120013584 促4 45
67 額田姫王 生方たつゑ 読売新聞社 1976 19.6x13.8x2 n/a 促9 × ※5
68 子盗り 海月ルイ 文藝春秋 2002/05 19x13.6x2.4 978-4163209609 拗6 6
69 烏女 海月ルイ 双葉社 2003/12 n/a 978-4575234879 促32 6
70 ローザの微笑 海月ルイ 文藝春秋 2007/06 19x13.4x2.2 978-4163260907 拗11 34
71 プルミン 海月ルイ 文藝春秋 2003/05 19.6x13x2.2 978-4163218106 促5 47
72 十四番目の月 海月ルイ 文藝春秋 2005/03 18.8x13x2.2 978-4163237800 促41 47
73 京都祇園迷宮事件 海月ルイ 徳間書店 2006/08 17.2x10.6x2 978-4198507107 促8 28 ※9
74 真夜中のフーガ 海野碧 光文社 2008/10/22 19x13x3 978-4334926359 拗11 14
75 迷宮のファンダンゴ 海野碧 光文社 2007/10/20 19.2x13.6x3.2 978-4334925772 促8 6
76 水上のパッサカリア 海野碧 光文社 2007/03/20 19x13.6x3.2 978-4334925413 促7 31
77 カムナビ〈上〉 梅原克文 角川書店 1999/10 19.2x13.6x3.2 978-4048731843 促11 222
78 もののかたり 梅原猛 淡交社 1995/07 19.2x13.6x2.8 978-4473014054 促24 × ※5
79 潮呼びの群火 梅原稜子 新潮社 2004/09/29 19.4x13.8x2.6 978-4103526032 拗8 36
80 透明人間—UBIQUITY 浦賀和宏 講談社 2003/10 17.2x10.8x2.6 978-4061823365 拗14 56 ※10
81 さよなら純菜そして、不死の怪物 浦賀和宏 講談社 2006/11/08 17.2x10.8x2.4 978-4061825048 拗22 × ※11
82 火事と密室と、雨男のものがたり 浦賀和宏 講談社 2005/07/07 17.5x11x2 978-4061824379 促11 28 ※10
83 彼女は存在しない 浦賀和宏 幻冬舎 2001/08 19x13.2x2.8 978-4344001091 拗8 14
84 ファントムの夜明け 浦賀和宏 幻冬舎 2002/11 18.8x13x2.6 978-4344002616 拗10 189
85 江戸妖かし草子 海野弘 河出書房新社 2002/06 19x13.2x2.4 978-4309014661 促17 × ※5
86 江戸の夕映 海野弘 河出書房新社 2005/07/16 19x13.2x2.2 978-4309017235 促13 × ※5
87 江戸ふしぎ草子 海野弘 河出書房新社 1995/08 19x13.2x2 978-4309010045 促12 × ※5
88 江戸よ語れ 海野弘 河出書房新社 1999/12 19x12.8x2.4 978-4309013220 促20 × ※5
89 ワーホリ任侠伝 ヴァシィ章絵 講談社 2006/10/20 19x14x2.2 978-4062136822 促29 32
凡例

書誌データはAmazonから取得したものである。「小書きの仮名」欄のうち、「拗」は拗音に使われる小書きの仮名が、「促」は促音に使われる小書きの仮名が最初に出現したことを表わし、数字はそのページ数を表わす(なお、その他の小書きの仮名は初出としては出現しなかった)。「長音記号」欄の数字は、それが最初に出現したページ数。そして両欄とも「×」は一度も出現しなかったことを表わす。その場合は、考えられる理由や禁則処理の内容や箇所を備考欄に記した。その他、注意すべき点があれば同様に備考欄に記した。
※1……p.113-114で二倍ダーシが泣き別れ、※2……カドカワ・エンタテインメント二段組、※3……ジョイ・ノベルス二段組、※4……追込み(9頁11行68頁16行)と追出し(69頁7行)で調整、※5……長音が行頭にないのは調整でなく偶然、※6……追出し(97頁15行157頁11行)で調整。印刷は内外文字印刷。同社は活版専門の印刷会社としてよく知られている。※7……追込み(215頁10行231頁17行)と追出し(31頁11行47頁6行)で調整、※8……旧かな遣いにつき、小書きの仮名は不使用。長音が行頭にないのは調整でなく偶然、※9……トクマ・ノベルズ、二段組、※10……講談社ノベルス、二段組、※11……講談社ノベルス、二段組。長音記号のみ行頭禁則(25頁下11行50頁下5行198頁上5行

調査結果の考察

「小書きの仮名」の調査結果について

結果としては89冊のうち4冊を除き、残りはすべて小書きの仮名を行頭禁則の対象にしていないことが分かった。ただし、4冊のうち『不思議な事があるものだ』は旧仮名なので小書きの仮名自体が存在しない。したがって小書きの仮名を行頭禁則文字にしているのは3冊である。
ところで、促音に使われる小書きの仮名にせよ拗音に使われる小書きの仮名にせよ、比較的早いページで出現しているものが多い。これはそれだけ書籍において、拗促音が多く表記されていることを示している。実際に手近な本を見ると分かるが、小書きの仮名を禁則処理していない本はごく簡単に見つけられる。これはそうした本自体が多いこともあるが、そもそも拗促音表記の頻度が高いからだ。そうした拗促音を行頭禁則文字にすれば、字間が割れる箇所が頻出することになる。
拗促音は現代かなづかい(1946年告示訓令)以降、小書きの仮名で表記する。これを行頭禁則文字にしないのは、組版ルールが仮名遣いに順応した結果と言えないか。そのような仮説をもった。

「長音記号」の調査結果について

一方で「長音記号」欄は「×」が多い、つまり行頭に長音記号が見つからなかった書籍が多かった。結果として、行頭の長音記号が見つからない書籍は89冊のうち21冊であり、これは全体のほぼ4分の1を占める計算になる。
ただし、行頭に長音記号がないからといって、長音記号を行頭禁則の対象にしているとまで言えない。長音記号は頻度が落ちるカタカナでよく使われる。ひらがなで使われる場合も、オノマトペで使われる場合が多い。つまり、語彙に依存する性質を持つ。この結果、たとえば歴史物の場合、長音記号はあまり使われることがない。36〜38、42、57、67、85〜88は、この理由で行頭に長音記号がなかったと考えられる。

また、行頭禁則は段落2行目以降の折り返し行頭でだけ発生するという性質を持つ。逆に言えば1段落が2行以上にならなかったり、短い会話が連続した場合、行頭禁則そのものが発生しないことになる。こうした場合でも頻度の高い拗促音は、なおも行頭に出現するのだが、より低い長音記号はあまり出現することがない。前述の歴史物以外(35の明治ものを含む)を複数回調べたが、やはり見つけることはできなかった。同様に見た限りでは調整の跡も見つけられなかった。
すなわち、これらは調整でなく、たまたま長音記号が行頭になかったのだ。考えてみれば組版はまた、偶然による支配から逃れられないとも言える*2

ただし、1冊だけ例外があった。それが81『さよなら純菜 そして、不死の怪物 (講談社ノベルス)』である。この書籍は拗促音は行頭禁則文字にしないのに、長音記号はしていた(25頁下11行50頁下5行198頁上5行)。多数を占める拗促音は無視し、少数の長音記号だけを行頭禁則文字にしても、読みやすさにはつながらないだろう。私には不合理と思われるが、何か理由があるのかもしれない。講談社のハウスルールに従い、この本もぶら下げをせず、本文全体に追出し調整が多く見られる。このことと関係するのかどうか、今の私には答が見つけられない(この項、後記参照)。

「強い禁則」をしている書籍

こうした調査の結果、小書きの仮名と長音記号の両方を行頭禁則文字にしている書籍は、以下の3冊*3に限られることが分かった。

結論

このようにして、『要件』が規定するような「強い禁則」は圧倒的に少数であり、大勢は「弱い禁則」が占めることが判明した。『要件』の改定に当たっては、こうした実態に基づき、小書きの仮名と長音記号を行頭禁則の対象から外すべきではないか。
他に、強弱の禁則から一方を選べるよう、複数の禁則処理のモードを規定する方法も考えられるが、その場合はデフォルトを「弱い禁則」とすべきだろう。

後記(2011年11月15日)

このエントリを公開後、幾人かの組版者や編集者と話す機会があった。そこで、とくに編集者からよく聞かれたのが「長音記号は行頭禁則文字にします」という声だった。つまり、彼等は弱い禁則で出校されたゲラのうち、行頭の長音記号だけを行頭に来ないよう指示していたのだ。また一部の組版者は、そうした編集者の「好み」を忖度して、赤字を減らすために、あらかじめ長音記号を行頭禁則の対象にふくめて組むことがあると話してくれた。
そう言われてみると、ほかでもない自分自身だって編集者時代にそんな赤字を入れていた記憶がある。すこし大袈裟に描写すると、縦組みで長音記号が行頭に来た場合、まるで天辺の縦棒が版面を突き破るような印象をあたえるのだ。他方で、小書きの仮名はそうした強い印象を与えることはない。また、長音記号は頻度が低いので、(安易ではあるが)比較的修正指示がしやすいという面も考えられる。
そうした目で見てみると、調査でも同じ著者、同じ版元の書籍で、揃って長音記号だけを禁則文字にしている例が複数ある(35〜38、85〜88)。これらこそが、前述のような編集者の意識を裏付けるものであるように思える。
本文では、これらで長音記号が行頭に見つけられなかった理由を、歴史物だからだと簡単に説明したが、もう少し丁寧に見ていれば調整の跡を見つけられたかも知れない。
同じく本文で、唯一長音記号だけを禁則文字にしている例として挙げた81について、私はその理由が分からないと書いたけれど、今ならよく分かる。
ただし、繰り返しになるが(そして誰より過去の自分に言いたいのだが)、頻度の高い小書きの仮名は無視する一方で、頻度の低い長音記号だけを禁則文字にすることが本全体の読みやすさにつながるか、自分としては疑問に感じる。
最後に、本文の「結論」では小書きの仮名と長音記号を行頭禁則の対象から外すべきと書いたが、こうした実態を考慮して、小書きの仮名だけを外す(つまり、長音記号は禁則対象に残す)モードの新設を考慮するべきかもしれない。効果について疑問符がつくので迷うが、実態がある以上は仕方がないとも言える。

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*1:『要件』では長音記号と小書きの仮名について、注1で〈行頭禁則としない方法もあり,この方法を採用している書籍も多い〉と書いてはいるが、注記以上のものではない。

*2:この中には「「長音記号」の調査結果について」で前述した64「不思議な事があるものだ」も含まれる。この本は一覧表だけ見れば×が2つ並んで強い禁則をしている書籍のように見える。しかしよく見れば長音記号がこないのは調整ではなく,偶然の結果とわかる。

*3:『子どもたちの叫び』の本文書体は游築五号、『人びとの坂道』は内外文字印刷による岩田明朝、『北の駅』はMM-NKLであり、ここから分かるとおり、それぞれDTP活版印刷、電算写植による組版。まったく偶然ながら、ここで新旧3つの技術による「強い禁則」が揃うことになった。